SEQUENCE2−糸口― |
「んで?何か判ったのか?俺をこんなところに呼びつけたのは、その為なんだろう?」 窓辺から外を眺めたまま、シオン・カイナスは口を開いた。 「まあ、ここなら、少々物騒な話をしても、さしたるこたぁね〜からな」 あくまで暢気な口調で言いながら、こちらに向けようとしない視線が、どれほどの期待を秘めて、前方を見据えているのか、今のレオニスには、手に取るように判る。 蜘蛛の糸よりも細い手掛かりだとしても、彼らには天よりの僥倖と思えた。 関係があるかどうかは判らない。だが、確かめてからでも遅くは無い。 「自警団から、連続失踪の報告がきています」 ゆらりと、魔導士の肩が揺れる。この報告を聞いた時の自分も、こんな様子だっただろうと連想しながら、伝達事項を読み上げるように、淡々と言葉が続く。 「この二ヶ月の前後に、関連した事件が無いか調査をさせていた結果です。少なくとも、12人からの男女が、姿を消しています」 国内外の主要な情報を一手に掌握する宮廷魔導士とはいえ、その範囲はあくまで政治的な分野に偏っている。市井の煩雑な由無事にまで手が回ろうはずもなく、特に刑事に関しては、治安と国防を掌る騎士団の専門となってくる。 もちろんそれなりの伝も多い。 単独解決を好む筆頭魔導士が、騎士団小隊長と共同姿勢を採っているのもこの為である。 「なるほどね……自警団も仕事してたって訳だ。」 皮肉に引き込まれて苦笑が漏れる。 「それが彼らの勤めです」 「まあな…それにしても、珍しく強く出たんだな。『命令』したのか?」 問いに対して、ゆっくりと頷く。 「『お願い』程度で、動いてくれるとは思いませんでしたので」 王都市街地の治安を預かる自警団は、民間主体の独立組織ではあるが、基本的には騎士団の下部組織として位置付けられていた。 それでも、街の治安に関しては、騎士や貴族に対しても行使できる、独立した逮捕権をもっており、騎士団からの命令伝達も、協力要請という形式をとるのが慣例となっている。 だが今回レオニスは、はっきりとした調査命令を出した。かなり異例のことである。 伝統的に権力の専横を嫌う体質の自警団から、さしたる抗議が遣されなかったのは、日ごろから自警団への協力を惜しまず、自主的な巡回警邏を欠かさない、大尉の人徳と言えるだろう。 男が喉の奥で笑う。 「そっか……で、どんな連中が消えてるんだ?」 「失踪した者達の特徴は、日頃の素行が悪く、装束風体の派手な、成人前後の若者達です」 成人前後、この符丁に彼も魔導士も、引っ掛かりを感じずにはいられない。 「素行不良…ねぇ」 「はい、失踪した者の中には、家中から金品を持ちだした者や、家出を仄めかす言動の者もいたという事です」 魔導士が窓から離れ、ゆっくりと大尉に向き直った。逆光を背に受け、最大の特徴である高く結い上げた蒼い髪が、長身を縁取るように浮かび上がる。 陰になった端正な顔には、常と同じ人の悪い笑みが浮べられているにもかかわらず、琥珀の瞳だけが光を放つように見えた。 「悪餓鬼どもが手に手を取って集団家出ってか?ちっと多すぎやしねぇか?」 光の中に居ながら、闇を放っているような低い笑いが漏れる。 「個々の失踪に、簡単な結論を出し、気にも留めていなかったようです。が、改めて人数の多さに驚愕し、再調査を開始したと報告してきています」 「……ついでに、後5人追加しといてくれ」 妙な言葉に眉を寄せる。男は軽く肩を竦めた。 「他に5人、娘が消えてる。いずれも、15から18の間だ」 言いつつ薄い小冊子を放って来る。 「その娘達は?」 「こっちは別に素行の悪い娘じゃない。ただ、娘の周りって方に問題があったのさ。中流下流の貴族の娘達だが、これが妾腹で、ついでに本妻と当主の仲も悪い。本妻が嫉妬に狂って何かしたか、それとも、当主がどこかに放逐したか判別つかない上に、どの家も、対面優先でひた隠しにしてる、てのが現状だ」 小冊子の中には、魔法で焼き付けたらしい絵姿と、氏素性が簡潔に認められている。消えた娘達は、絵姿の中で、儚げに笑っていた。 「5人か……」 「そっちと足せば17人だ・・・纏まり過ぎだな」 たった二ヶ月の間に、20人近い若者が消えている。 気づかぬうちに、王都には只ならぬ異変が持ち上がっていたのだ。 「娘達に関しては、俺の方でも調べを進めている。お前さんも、自警団の他に、手は打ってるんだろう?」 にやりと笑う男に、大尉は肩を竦めて見せた。 何が起こっているにせよ、突き止めねばならない。そしてそれが、あの少女に続く道となるような気がする。 だが、同時に考えたくは無い事でもある。 彼女が何らかの事件に巻き込まれているなどとは・・・ 魔導士はまた窓へ向き直り、彫刻のような横顔を光に晒す。 しかしその表情には、笑みを浮べてなお、暗い闇が纏わりついている。 願わくば、あの太陽とも喩えられた笑顔が、損なわれることの無いように・・・己の無力さが、居た堪れない。 数刻後、筆頭魔導士と騎士団大尉という、なんとも珍妙な取り合わせの二人組が、街を歩いていた。 珍しい事に、男の方から食事に誘ってきたのだ。奢るという提案つきで。 別に奢られるのが目当てではなかったが、レオニスは男の気まぐれに付き合うことにした。 いかつい騎士をナンパしてきた魔導士は、繁華街に着くまでは、飯だ食い物だ、などと騒いで見せていたが、いざ到着すると、あれこれ街の様子を話題にしながら、ぶらぶらと歩いているだけで、特に店を選ぼうとはしない。 もともと食事に関心の薄い大尉は、魔導士の真意を測りかねているのと、生来の無口さとの相乗効果で、ただ黙って横を歩いていた。 「あ〜あの店は、酒が美味いが姐〜ちゃんがいまいちだし、あっちはウエイトレスの姐〜ちゃん達は良い線いってんだが、飯がいまいちだ。ついでに酒がねぇ」 飯盛り女と酒の話題。相変わらずの軽薄さで、沈黙に託けて、首の上下運動と視線だけの返答をする大尉の態度を気にする様子も無い。 「あの茶店は確か、ガゼルの行きつけだったよなぁ。マスター面白〜んだが、女っ気ねぇしな」 二言目には女と言いながら、男が最近その手の女がいる店にすら足を運ばないのを、大尉は知っていた。 以前少女が、男がその手の店に行ったの行かないので、大騒ぎをしていたのを思い出す。 結局、魔導士が誤り倒して少女が折れたのだが、傍で気をもんでいた分、馬鹿馬鹿しさで呆れ返ったものである。 そこでふと思い至った。 少女に、最後に会っていたのは自分である。 緋色の魔導士が重症を負い、郷里にて療養せざるを得なくなった時、彼はレオニスに少女の後見を頼んでいった。 理由は、自分の上司では倫理的に不安だから…… 結果的には彼の不安通り、少女を筆頭魔導士の掌中に落としてしまったのだから、あの青年に顔向けできない後見人であるが、彼女は良く懐いてくれていた。 『キールみたいに口喧しくないから好き』などと冗談を言いながら、ちょくちょく顔を出しては、まるで本当の身内のように、こまごまとした日常の話から、ちょっとした悩みなど、たわいも無いことを話して帰っていく。 少女が懐く後見人に男が焼餅を焼いて、機嫌が悪くなると笑ってもいた。自分の事は棚に上げておこがましいと言いながら、むしろそうされるのを喜んでいたようだ。 あの日も、そんな話題に終始した。 この魔導士は、それが聞きたいのではないだろうか? 崩れかける心を、思い出を集めて支えたいのではないだろうか? 二ヶ月の間、今までに無く顔を合わせ、情報交換を続けてきたものの、こういった話をするのは、初めてだと気がつく。 当たりはつけたものの、元来お世辞にも弁が立つ方ではない、駄々漏れの桶よろしく喋り続ける男に、どう切り出したものかと悩み、また、そんなに気を使ってやる義理も無いと思い直す。そんな時、目の端をとある看板が掠めた。 「ポトフ」 「んあ?ポトフ食いたいのか?」 飯屋の看板を見ながら立ち止まった騎士の呟きに、魔導士が振り返った。 「いや・・・ポトフを作ってくれました。あの日に・・・」 「・・・・・・メイか・・・?」 男の声がわずかに擦れる。 「パンを焼き、ポトフを作り、台所で破壊活動しているような有様でしたが、出来上がった物は美味かった……アイシュ殿に習ったばかりと言っていました」 魔導士の眉が、面白く無さそうに顰められた。 少女の手料理を、独占していたのが気に入らないらしい。 「ほぉ〜」 少女絡みとなると、存外の稚気を見せる男に、苦笑がこみ上げる。次の反応が予測できるなど、この魔導士相手では有り得ないと思っていたが、めぐり合わせとは面白い。 「貴方に食べさせる料理の、練習台にされたのですよ」 案の定、魔導士は微かに目を見張り、そのまま動作を止める。やがてじんわりと口元を引き締めたのは、内心の混乱を取り繕ったからだろう。 「そう……か」 随分間を空けて男が呟く。世間広しと言えど、筆頭魔導士から声を奪えるのはあの少女だけに違いない。 だからこそ、これは伝えねばならない事。随分遅くなってしまったが…… 「シオン様、私がメイの失踪を、元の世界に帰還したと思えないのは、その為です」 再び男が眉を顰める、今度は問い掛けるように。 「メイは、以前一度、元の世界に帰る機会があったと言っていました。大樹の聖霊が帰すと言ったそうです。しかし、彼女は帰らなかった」 「聞いたのか」 「はい、メイは、元の世界は、自分にとって帰る場所ではなくなった。自分が帰る場所はもう見つかったからと笑っていました」 少女の帰る場所、帰りたい場所は、この魔導士の腕の中。 年頃の娘らしい、夢を語るように、ほんのりと頬を染めて打ち明ける少女は、何よりも可憐で、幸福を具現しているように見えた。 「もし、何らかの原因であちらの世界へ帰ったのなら、彼女は激しく抵抗したでしょう。魔法に関しては門外漢ですが、彼女の魔力なら、魔法研究院の魔導士達を驚かせるくらいの信号は出せたのではないか?もしくは、手近な壁の一つでも破壊してのける位の事はできたのではないかと思うのです」 魔法院の魔導士達が感じた、奇妙な魔法の発動。少女帰還の根拠となったそれは、あまりにも微かで、後からそういえばと思い出すようなささやかな変事だった。 少女の性格や、日頃の行動から考えれば、それを証拠とするには、あまりにも弱い。 帰還という結論は、魔法院の長老達の、態のいい厄介払いに思えてしょうがないのだ。 魔導士がゆっくりと頷いた。 「ああ、同感だ。第一、俺ははじめから言ってるぜ。メイがもし帰っちまったのなら、たとえダリスとクラインに離れていも、俺には判るってな・・・」 琥珀の双眸には、揺ぎ無い確信が満ちている。 「この世界にいる限り、必ず探し出します」 深い碧眼が琥珀の視線を受け止め、両者は自分と同じ決意を、互いの目の中に読み取っていた。 自然不適な笑みが浮かぶ。 「レオニス。お前さん、つくづく面倒見がいい男だな」 肩を竦める騎士に、小さく笑って魔導士は再び歩き出す。 「まずは、あの17人だな……女っ気も愛想もねぇが、飛び切りに美味い酒を呑ます店知ってるぜ。いかねぇか?」 特に返事は待っていない様なので、そのまま黙って横に並ぶ。 今度は二人とも、無言で雑踏の中に足を進めていた。 |
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