SEQUENCE8―捕縛― |
荷積み作業は、慌ただしく進められていた。 騎士団に嗅ぎ付けられた限りは、もはや一刻の猶予も無い。 一見、人が入っているとは見えない、厳重に梱包された箱が、荷の内容など知らない水夫達によって、次々と積み込まれていく。 真夜中の作業に、かなり不平気味ではあるが、尋常でない仕事をしているという自覚はあるのだろう、黙々と仕事をこなしていく。 荷を運び出した倉庫には、また別に木箱が積み上げられていく。 監督をしていた男がにやりと笑った。 視線の合図で肯き合い、男達は再び船着き場へと走り出す。 ここでの仕事はもう終わりだ、己が身に火が点かないうちに、早く逃げ出そう。 足早に移動する男達の心中は、保身と焦りに囚われていた。 そそけ立った神経に、小さな物音が飛び込み、全員がそちらの方に首を巡らせた。 「あ…」 怯えた声を上げて立ちすくんだ人影が、目に飛び込んでくる。 川風に長い銀髪が揺れ、ほっそりとしたシルエットが月明かりに浮かび上がる。 女だった。こんな時間に、こんな場所で女が居るという奇妙さに、男達は眉を寄せた。 しかし、見られたからには、見逃す訳には行かない。 「どうする?」 「殺せ。…いや、行きがけの駄賃だ、持って行こうぜ」 下卑た笑いが広がり、一人がじわりと動き出す。 人扱いをしていない言動に、女が怯えた悲鳴を漏らして、後ずさる。 「逃がすなよ。騒ぐようなら、殺せ」 「判ってるって」 歪んだ笑みのまま、数歩歩みを進める間、他の男達がさりげなく横道に姿を消す。 彼らにとって、このあたりは既に庭に近かった、女がどう逃げようと、 「い…嫌っ」 残った数人が後数歩の所まで近づいた時、女は恐怖に堪え切れなくなったらしく、身を翻して走り出した。 「お〜お〜、逃げるのかい?」 一人がふざけて首を竦め、他の男達も笑いながら走り出した。 狼から逃げる兎よろしく、女の後ろ姿が月明かりに浮かび上がる。 彼らの必然として、先回りした仲間が、先にある路地に潜んでいるはずだった、しかし、女は難なくその路地を走り抜けた。 ここで始めて、男達の頭に、疑問が浮かぶ。 前に行った仲間が出てこないのは間に合わなかったからとしても、女が逃げる方向を考えて、反対側に回った仲間の姿も見えない。 女がこちらに走り出した時点で、彼らは追いついてくるはずなのに… ――罠―― やっとその単語が浮かんだ時、頭上から何かが切り落とされた。 「!?」 縁にたっぷりと重りを仕込んだ 途端に路地からばらばらと人影が走り出る。 月光に引き抜いた剣が光り、彼らの素性を知らしめる。 「き…騎士団…」 無様に編みに絡まりながら、男の一人が呟いた。 「その者達、嫌疑により取り調べる、おとなしく 指揮を執っているらしい金髪の騎士が、厳かに言い放った。 「くそう…」 呟いた一人が懐から呼び笛を取り出し、口へとあてがった。せめて船着き場の仲間に、騎士団の到着を知らせねば、などという殊勝な仲間意識の発露であったか、男はその笛を、思いっきり吹き鳴らそうと息を吸い込んだ。 「ぐえ…」 笛の音になるはずだった息は、汚らしい呻き声となって、吐き出される。 「申し訳ありませんが、あちらに知らされては、困るんですのよ」 何時の間に戻ってきたのか、逃げていた女が男の首筋に手刀を食い込ませ、冷たい笑みを浮かべてみせた。 浅葱色の髪が、ふわりと風に揺れる。 「エルディーア司祭、ご協力を感謝いたします」 捕縛班の指揮を任された少尉が、ノーチェに軽く頭を下げた。手刀を慌てて引っ込めて、慎ましい笑みを浮かべてみせる。 「いいえ、皆様のお役に立つ事こそ、女神エーベのご意志ですわ」 ガゼルの言い付けで、騎士団へと走っていた彼女は、途中で一隊を引き連れて出動したレオニスと合流した。怪我で動けぬガゼルを、同行していた医師に預け、彼女は騎士団に協力していたのだ。勿論これは、自分の代わりにと、ガゼルが望んだ為である。 ガゼルとノーチェの間柄は、レオニス以外は気付いていないらしく、エーベ神官の無償の協力を、他の隊員達は信仰故の献身として、感嘆していた。 「こちらは、これで全員拘束した筈です。後は向こうの首尾を待つばかりですな」 少尉はそう言いつつ、船着き場に視線を向けた。 なるべく相手を分断し、それぞれを密かに絡め捕る。それが、レオニスが各班に下した命令だった。 追いつめられた犯人達が、船積みされた少年少女を人質として、盾に取る可能性も高い、それを見越しての指示であった。 故に、この班では、騎士団らしからぬ、囮を使った待ち伏せ作戦にでたのである。 伝令らしい見習い騎士が走って来て、倉庫に積まれた火薬の木箱も解体されたと報告してきた。行きがけの駄賃に、倉庫街を火の海にしようとした連中の思惑も外されたのである。 後は、船着き場に回った本隊が、船とその積み荷を押さえる事が出来れば、この作戦は完全な成功となるはずだ。 分散して展開した分、本隊の人数は多少心許ないものの、その陣頭に立つのは、クラインでは並ぶ者が無いとまでいわれる剣豪レオニス・クレベールである。騎士達は、彼の失敗など想像すらしていなかった。 |
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