とある旅の途中
―――奇妙な道連れ―――2
Side Noriko
あたしは大きく息をついた。
イザークを見上げて笑ってみせる。
「うん。もう、大丈夫だね」
多分、笑って見せてても、顔引き攣っていると思うし、まだ心臓ばくばくいってるけど、何時までも怯えてちゃだめだ。
「びっくりしたね。でも、もう大丈夫だよ」
イザークが腕を緩めた。
「そうだな」
「うん」
あたしが頷くと、くしゃっと頭を撫ぜてからイザークが離れていく。反射的に縋りつきたくなるのを必死で押さえて、彼が馬を連れてくるのを待つ。
ほらね、何でもない。
イザークはすぐ戻ってきたし、森は静かなままだし、馬だってもう大人しい。
恐がるものなんて何もない。
だからあたし、もう一回イザークに笑って見せた。今度は業とらしくないといいけど。
「・・・とにかく、行くか」
何時ものように、大きな手が背中に添えられて、歩くのを促してくる。
「うん」
あたしは頷いて歩きだした。
Side Izerk
さっきの騒ぎが嘘のように、森は平和だった。
太くて高い木の梢に、翼竜の影が見えるんじゃないかと、はじめは警戒していたが、歩いているうちに、そんな事もなんとなく忘れるほどのんびりした森に、俺もノリコも正直ほっとしていた。
そうだ。
ここはあの樹海じゃない。
最近各地で起こっているらしい、妙な生き物達の出現や、重苦しい陰惨な空気もない。
今まで旅をしてきたところと変わりのない、あたり前の風景が広がっている。
早く森を抜け、町へ出よう。
けもの道を進む森の中では、ノリコの体力を考え、3日の旅程を組んではいたが、途中こいつを馬に乗せるか俺が背負えば、2日に縮められる筈だ。
そうして、あの妙な現象が、回りに何らかの影響を出していないか調べなくては・・・
「イザーク」
ノリコが俺の腕を掴んで揺する。
はっとして顔を見ると、驚いたように前を指差していた。
「なんだ?」
「見て、人が倒れてる」
ノリコの指さす方を見れば、一際大きな木の根元に、確かに人らしいものが倒れているのが見えた。
幹に身体を預け、がっくりと手足を放り出している。
一瞬、関わりたくない、と思いはしたが、その人物の額から、赤いものが滴っているのが見え、俺はこういう場合の、俺の運の無さを思い出した。
まったく・・・厄介事は、俺を見逃してくれんらしい。
「・・・・怪我人のようだな・・・・」
「大変。助けようよ」
予想通りノリコが慌てだす。
「ああ」
小走りになった彼女の後ろを、溜め息と共に足を進めた。
Side Noriko
そこはね、大きな木の下が、ぽっかりと小さな広場になった場所だったの。
はじめ見えたのはその木で、朝湯気の木によく似た、白い幹に青紫の葉っぱのついた木だったから、『まるでイルクの木みたい』なんて思ってたの。
イルク、どうしてるのかな?魔物から開放された村の人達は、ちゃんと天国にいけたのかな?
あの村で起こった事件何かを思い出してたら、大きな幹に寄りかかって寝ている人が見えた。
こんな時間に、こんなところで寝てるなんて、あの人も旅の人かな〜って思ったけど。なんか、様子が変なの。
ぐったりしてて、ぴくりとも動かない。
もしかして、どこか悪いのかな・・・心配になってイザークに声をかけたら、怪我人のようだって言う。
あたしよりずっと目の良いイザークだから、きっと怪我してるのも見えたんだ思う。
だから、慌てて駆け寄ったら、本当に頭から血を流して、ぐったりしているのね。あたしびっくりして、どうしようって思って、イザークを振り返ると、はじめてあった頃よくしていた、ちょっと困ったような顔をして、『水を探してくるから、見ていろ』と言ってくれた。
走って行く彼の後ろ姿を見ながら、ちょっと反省。
しっかりするのよ、ノリコ。
前に怪我をした行商人さんに会った時は、言葉もわかんなくてただおろおろしてたけど、今なら、言葉も判るんだし、もっと他にもできるはず。
とにかく、この人は、頭を怪我しているから、下手に動かしちゃ駄目よね。でも、前にイザークが教えてくれたけど、身体を冷やしちゃいけないのよね。
毛布出して、掛けて上げて・・・これでいいかな?
焚き火でもした方がいいのかな・・・火をつけられるのはイザークしかいないし・・・あ、そうだ、そんな事より、血止めの薬草。荷物にあったよね。
「う・・・」
ばたばたとしていたら、怪我している人が低くうめいた。
それで、はっとして近寄ったけど、その人は苦しそうに荒い息をしているだけ。
痛いのかな・・・痛いよね。
じっと見ながら、この人をまじまじと見るのが初めてなのに気が付いた。
そういえば、怪我の所しか見てなかったな。
それにしても・・・凄くかっこ良い人だな・・・
勿論、イザークの方がかっこ良いけど、とっても綺麗な顔してて、目を瞑っているからちゃんとはわかんないけど、多分意志の強そうな人だ。
体つきもしっかりしてて、きっととても背が高いと思う。
それにしても、不思議な髪の色。
太い根っ子に流れ落ちている、ものすごく長い髪の毛。
深い深い青い色。
空の色というよりも、海の底みたいな。夜の空みたいな。そんな色。
はじめて見るなぁ。やっぱりここ、異世界なんだなぁ。
あ、いけないいけない。早く薬草つけてあげなきゃ。
立ち上がろうとしたら、腕を何かに掴まれた。
え?
びっくりしていたら、いきなりぐいっと引っ張られて、あたしはそのまま倒れこんだ。
あの、怪我している人の腕のなかに・・・それでもって、身体をぎゅっと抱きしめられる。
え?え?ええ〜〜〜!?
あの〜〜ちょっと・・こ・・これはなんですか?
「メイ・・・やっと・・・見つけた・・」
え?
パニックになってるあたしの耳元で、その人が呟いた。
どういう事?
あたしは余計に混乱した。
だって、だってね。
この人が今言った言葉・・・・日本語なんだもの……