花の大江戸
ギャラクティカクライン外伝  初めはただの世間話だった。
 皇女のお茶会で、ケーキをぱくつきつつ、聞かれるままに故郷である地球での生活を話していたのだ。
 そこで、自国の歴史に基づいた娯楽番組の話になった。初めて聞く新鮮な世界に、皇女は夢中となり、実際に見てみたいとまで言い出した。
 普通なら無理な話しだ。だが、良いのか悪いのか、この銀河帝国の科学技術の進み具合は半端じゃなかった。
 王宮の中に、巨大なホロホールがある。もともと娯楽施設としてあちこちに設置されているのだが、このホールはその中でも最大級の代物で、半径12キロなどという、常識外れの内部にメイはあきれ返ったが、そもそも人工惑星の丸々半分が王宮になっているのだから、これくらいはアリかと能天気に納得したものである。
 ホロホールというのは、ホログラム(立体映像)を投影して、3Dの世界を楽しむ施設でだそうで、それも、ただの映像ではない。
 物質転送理論を応用して、映像を実体化させ、現実に架空の世界を作り上げてしまう装置である。
 転送理論の応用とは、離れた所へデータに分解された物質を送る時、受け手の側で再合成される物質の形成過程を流用しているという事。つまり大気中の元素から物質をデータに基づいて組み上げ、形成するということで、それは映像でありながら、ホロホールの力場の中でなら、すべて完全に実在する。ただし、それらがホールの力場から出ると、それらを形作る元素は瞬時に分解し、映像は消えてしまう。物質の固定化がどうやって行なわれているかなど、メイにはややこしくてサッパリ理解できなかったが、まあ、銀幕に映された映像が、スクリーンを離れると消えてしまうようなものだろう、程度に判っておく事にした。
 ホロホールの中に入った人間は、コンピュータの作り出す世界に浸り、この中でバーチャルリアリティーな体験をする。
 お陰で実体験RPGや、暇のない人の束の間の小旅行。果ては軍の模擬訓練のシュミレーション等、多岐にわたって使用されていた。
 皇女はこのホロホールの中に「お江戸」を作ってしまおうと言い出したのである。
 資料さえない架空の町。しかし、時代劇ファンのメイは、かなり鮮明に説明する事が出来た。それに、帝国切っての天才であるアイシュを、皇女の権力で引っ張り込んだのだから、出来栄えはご覧のとおりである。
 わくわくと衣服も整え、ついでにメインコンピュータフェイスの端末である「マネッコ」から内部の基礎知識を直接擬似テレパシーで頭に叩き込んで(勿論メイにはそんな必要が無かったし、そもそも出来なかったが)いざ、バーチャなお江戸へ繰り出した。
 そこで、異変が起こったのだ。

 アイシュがメイとディアーナのために作ったバーチャルリアリティーゲーム用のシナリオは、お忍びで街に出た姫君と、町娘がお江戸の中を散策する、程度のものだった。
 二人で下町を歩き回り、浅草の賑わいや両国の見世物小屋など、あれこれと覗きまわって、お江戸の町を堪能した。
 浅草寺(せんそうじ)のあたりで、江戸名物の喧嘩が起こり、二人は喧嘩見物と洒落込んだのだが、そのドサクサのうちに、メイはディアーナを見失ってしまった。
 いくら探しても雑沓に流されて合流できない。おまけにディアーナがアクシデントの用心に携帯していたお守り型通信機が、落としたらしく誰かに踏まれて半壊しているのを道端で見つけたのだ。
 まあしょうがない、シナリオは途中だが、ホログラムを消してしまおう。そうすれば、ホールに居るのは自分とディアーナだけなのだから、迷子も何も関係ないだろう。
 そう結論付けたメイが、マネッコにシナリオ終了を通達したのだが、何故かそれは受け入れられない。挙句に一度ホールを出ようとしても出られなくなっている。
 異常に驚いたメイは、即座にアイシュに通信し、ホロホールでのディアーナ行方不明を報せた。
 シナリオと江戸世界の製作者のアイシュは、彼にしては珍しく迅速に駆けつけ、コンピュータにアクセスして、その中がとんでもないことになっているのが判ったのだ。
 何処から入り込んだのか、マネッコはウイルスに侵されていた。白蟻に食い尽くされた家のように、崩壊寸前までデータが弄くられ、暴走をはじめていた。
 ウイルス自体はアイシュが投入したワクチンによって除去されたものの、壊れたデータが創り上げた江戸世界は、無理に停止させると、中にいるすべてのものを電子分解して、消去してしまうらしい。
 つまり、メイもディアーナも消滅させられるのだ。
 ほんの物見遊山が、とんでもないことになってしまったものだ。現状を聞いて、メイは少しだけ後悔したが、起こってしまったことはしょうがない。要はディアーナを見つけ出せば良い事なのだ、と腹を決めて、アイシュがマネッコの中のバグを除去し終わるのを待つことにした。
 一方、アイシュは、ホロホールの中に、奇妙な精神的時間拡大現象が起きているのに気がついた、中のメイと通信する度に、自分では1分も立っていないにもかかわらず、メイが待たされた日数をあげつらうのだ。すべてはマネッコの暴走なのか?ディアーナ捜索が、メイ一人では手に余ると判断したアイシュが、皇太子に連絡をとり、セイリオスは、足元で起こった異常事態に腹心の情報局局長シオンにディアーナ捜索を命じて、シオンは自分の趣味で捜索要員を引っ張り込んだ。
 近衛隊からレオニスとシルフィスとガゼル。アイシュと同レベルで事に当れるキール。そして、ちょうどコンサートで王都に来ていた悪友のイーリスである。
 修復担当のアイシュとバックアップ要員としてP-SSTに待機したキールを残して、ホロホールに入った捜索隊は、それぞれアイシュが用意した役柄についたのだが、そこで新たな異常事態が発見された。
 ガゼルが、自分は生まれつきの江戸っ子だと信じ込んでしまったのだ。
 他の要員たちも、メイとシオン以外、程度の軽さはあるにしても、何らかの記憶障害が出てきており、どうやらディアーナも、この中で、自分を江戸の人間と思い込んでいるらしいと推測される。
 それに、アイシュの判断ではコンピューターの修復には、せいぜい10分程度の時間しか掛からないはずなのに、ホロホール内部での体感時間はどんどん伸びて、最終的には50年近くなりそうだという、とんでもない結論が飛び出してきた。
 この原因がわからない限り、ホロホールからは出られない。
 とにもかくにも、当面の目的はディアーナを見つけること、そして、この異常な現象の原因を突き止めること。
 捜索隊の、江戸での生活が始まったのである。


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