夜は千の眼を持つ
THE NIGHT HAS A THOUSAND EYES



「ふぁ…っ!あ!あ!」
 窓からの淡い光に、白い肌が妖しく反り返る。
 馬乗りになって引き締まった腰が揺らめく度に、求めに応じて突き上げれば、堪えながらも漏れ落ちる声が恰も、軽快なステップを踏むように揺れる銀糸の伴奏となるようだ。
 カティスは自分の上で躍る青年に、惜し気もなくあらゆる愛撫を注ぐ。
 滑らかな肌を掌で撫ぜ、引き締まった筋肉質の胸を指先が辿り、唯一目立つ銃痕を擽る。その目指す先で硬く立ち上がった両の蕾は、薄紅に色付いて愛撫を待つ。
 強請る様な艶めく色に指が辿り着くと、喘ぐ吐息がさらに早まっていく。
 オーロラの光に濡れる寝台の上で、金と銀の獣がお互いを貧り合っていた。
 汗で光り、極光を弾いてくねる肢体が果てを目指して更に激しい刺激を求める。
 やがて快楽の極みに追い上げられた銀の獣が、忘我のままに低い嬌声を唸るように発し続け始めると、カティスはその シャンパンゴールドの瞳を快楽に溶けた美貌に据える。
 突き上げ揺さぶる激しさは変えずに、息を潜めるように『その時』を待つ。
「カティ……」
 甘えるような呂律の回らない呟きに、低く応える。
「愛してる…アリオス」
 カティスがそう囁くのはこの一瞬だけ、囁きに見開かれた両目が、喜びと哀しみの両方を浮かべ、やがて沸き上がる涙とともに本当の姿を曝す。
 カティスのものよりも僅かに淡いライトゴールド。
 普段はペリドットの光に擬装された片目が、快楽に負けてさらけ出されるこの時がカティスがもっとも快感を感じる瞬間だった。
 ほんのつかの間正体をさらけ出したオッドアイは、すぐに瞼に隠されてしまう。
 鋭角の顎が上がり、白い背がしなるように反り返っていく。艶香しい仕草が誘い込むままに、体を起こし、体位を変えてシーツに組み敷くと、今まで触れられる事無く怒漲し反り返って雫を垂らしていたアリオスの象徴を掴み、激しい愛撫を送り込む。
「あっ!はぁ!」
 途端に弾ける嬌声と見開かれるオッドアイに、欲情を掻き立てられ、そしてそんな劣情よりも強い愛しさに突き上げられて、何度も貧り互いに朱く腫れた唇を塞ぐ。
 動き易くなったカティスが、更に激しい動きで胎を掻き回し突き殺しそうな勢いで攻め立てれば、シーツを掴んでいたアリオスの両手がカティスの無駄な肉の無い背に回されてきつく爪を立てた。
 ともに極みを目指して、脳髄を焼切りそうな快感で互いの肌に牙を立てて、獣達が咆哮を上げる。
 極光の下、夜は未だ暁を知らない。


 カティスがこの青年に出会ってから五年の月日が過ぎていた。
 本当の名は知らない。
 かつて辺境の惑星で出会った、記憶を無くし言葉すら通じない少年。
 怯えてやたらに暴れる野良猫のような彼に出くわした。
 ひょんな事から彼を拾い、丁度持っていた酒の名で呼ぶ事にした。
『アリオス・ウェイン』
 彼が現在名乗っている名前だ。
 十八・九らしい少年は、聞いた事の無い言葉を話し、瀕死に近い大怪我をしながらも近付く者を寄せ付けなかったが、根気よく世話を焼き面倒を見るカティスには、次第に警戒を解いていった。
 元来頭もいいのだろう。怪我が塞がり、床払いをするころには簡単な日常会話はできるようになっていた。
 その時『アリオス』は『あんた』か『お前』という意味かと思っていたと言われ、大笑いしたのも懐かしい思い出だ。
以来、二人で旅をしてきた。


「次に行くアンブロール公国ってのは、どんな国だ?」
 早朝、ホテルのロビーで宇宙港行きの車を待ちながら、けだるい仕種でコーヒーを啜る。
 黒い皮のロングコートに黒いシャツ、柔らかな子牛皮のズボンは硬い編み上げ靴に似合っていたし、無造作に足を組んで座る椅子には、大振りの剣が立て掛けられていて、どこから見ても彼が堅気では無いと示していた。
 物騒な黒尽くめの青年は、しかしその剣呑な井出達に反して、意外なほど品のある仕草でコーヒーカップを傾けては軽く物憂げな溜息をつく。其処には不思議と人の目をひきつける色気があった。
 カティスはそんな相棒の様子を目の端で捉らえながら、予てから調べてあった覚書の手帖を開く。
「神鳥の宇宙の辺境にある惑星だよ。α型恒星系にあるEクラスの第五惑星でどちらかというと寒冷な気候だ、人間が住めるのは中緯度から赤道にかけて、そしてそこでは今、公爵と、弟の伯爵とが国の覇権を廻って内戦の真っ最中だ」
 手帳を繰るカティスはアリオスとは正反対に、背で一纏めにした長い金髪に似合う淡いアンバーのスーツをそつなく着こなし、襟元にはネクタイの代わりに嫌味にならない程度に柔らかな色合いのスカーフをブローチで纏めている。
 如何にも休暇を楽しむビジネスマンといった雰囲気だ。
 白貂の毛皮のコートを椅子の背に掛けて、ゆったりとコーヒーを嗜む様子を、アリオスが銀髪の間からちらりと一瞥する。
「ふうん」
 皮肉気な冷笑が薄い口許にうかぶ。
「そんな馬鹿兄弟、どっちが王でも変わらねぇだろう。国民がいい迷惑だな」
 嫌悪感さえ滲ませた青年の声音に、カティスは苦笑で頷いた。
「まったく同感だな。しかも姑息な事に、両陣営ともに『国民の血は流さない』なんぞとぶち上げて、徴兵も志願者を募る事もしない。で、何をするかといえば……」
 竦める肩にアリオスの冷笑が深まる。
「俺の稼ぐ場所ができるって訳さ」
 傭兵。それがアリオスの択んだ職だった。
 どんな教育を受けていたのか思い出しているのかいないのか、アリオスはカティスにも語る事は無かったが、基礎の確かな剣技と軍略や戦略に関する知識を持っている事に、とある事件に因って気がついたらしい。そして情勢不穏な地域へ行きたいとカティスに持ち掛けた。
 いつまでもカティスの世話になるのは心苦しいから、何かできる事を探したい。
 それがアリオスの動機らしく、心配するカティスを余所に戦場へ身を投じると、カリスマ性さえかいま見せる強さで戦士として名を馳せ、今では名指しでの依頼すらあるほどだった。
 衰えた宇宙は人心も乱れ、女王や守護聖がどれほどサクリアを注いでも、底の割れたバケツのように満ちる事を知らない。
 だからアリオスの危険な生業も、あぶれる事なく成り立っているのだ。
 かつては宇宙を平和と共に支える役割を担っていた前緑の守護聖カティスとしては、争いを選んで渡り歩く今の生活に苦笑が止まらない。
 薄いベールに己の心を閉じ込めて、衰弱していく宇宙を必死で支える金の髪の女王と、彼女を支える控えめな薄紅色の補佐官は、今どれほど哀しんでいるのだろう。

 滅多に振り返ることなど無い筈の、懐かしい時に心が遡る。
 この『神鳥の宇宙』と呼ばれる世界は、一人の『女王』を戴いている。そして彼女と同等の力を持つ補佐官と光、闇、風、炎、水、地、鋼、緑、夢の九人の守護聖という力を持った者達が女王を支えている。
 それは、この宇宙が生まれた時から在ると言う、神とも思える世襲無き王家。
 全ては『サクリア』を尽きさせない為の器。宇宙そのものや人の心すら自由にできる力を持つ彼らは、皮肉にもサクリアが発現しその身から放たれ続ける間、世俗や時の流れからも切り離された聖地に住まい、崇められる虜囚と化す。
 それでも彼らは宇宙を支え、それぞれの星に住む民の幸せと平和を守ろうと懸命なのだ。
 カティスもまた、緑のサクリアによって、そんな境遇を長く受けていた。
 半分自由で半分窮屈で、それでも結構楽しい日々だった。
 それぞれ個性的でそれで居て押し並べて善良な仲間達……自分の後継者は頑張っているだろうか……

 懐かしい世界への回想はアリオスの声で現実へ引き戻された。
「お前の情報は何時も助かるぜ」
 そう言いながら、ペリドットの瞳が睨んでくる。
「で?また付いて来るのかよ」
 アリオスの言葉に、カティスは当然、と肩を竦めた。
「今まで二人でやってきただろう?マネージャーを置いて行く気か?」
 秀麗な額に刻まれたシワが更に深くなる。
「何がマネージャーだ。テメェの勘定はドンブリ過ぎて次に財布覗くのが怖ぇんだよ」
 守護聖退任後、道楽で宛の無い旅を続けるカティスは、傭兵がしたいという一風変わった希望へ二つ返事で快諾し、ついでに危険な地域の情報も揃えてやったのはいいが、これは行商にちょうどいいと言い放って、半ば無理矢理同行した。
 それがそのまま続いている。
 戦闘には長けていても、一般知識の乏しいアリオスが気に掛かったからだった。そんな過保護ぶりにアリオスからは不平と不満が再三表明されていたが、カティスは何処吹く風と受け流す。
「何時ものように、戦闘地域には近寄らないし、軍事関係者にもお前の事は匂わせない。交渉はお前同席でする」
 それでいいだろう? と覗き込めば、渋いしかつめ顔とともに指が一本立てられる。
「後、戦況がどんなに不利だろうと激戦だろうと、前線に来るな!今度それで怪我しやがったら、縁を切るからな」
 びし! と突き付けられた最後通告に、カティスはつくづく呆れ返った溜息で応えた。
「四年も前の事に、いつまでもしつこくこだわるなよ。第一、あれは前線どころか軍司令部の宿舎だったじゃないか」
 凱旋した部隊を狙った敗軍の爆弾テロ攻撃。
 蒸し返される度に思い出す恐怖と驚愕に眉を寄せて、アリオスの手をテーブルから掬い上げる。
「あの時は、心底胆が冷えたぜ。らしくもなく爆破現場に飛び込んだら、お前さんが倒れてるし」
 生きているのを確認する様に、親指が手に乗せた指をなぞる。
「何度も言ってるだろう、犯人が近寄ってくるのを待ってたんだよ。俺にとどめを刺したがってたからな。なのに、わざわざ盾になりやがって……」
 確実に気絶していた癖にと苦笑して、言葉は飲み込む。やり込めれば、拗ねて一人で出掛けかねないからだ。
 替わりに撫でていた指を引き寄せて、回りに見えないようにして素早く唇を落とす。
「思い出話になってよかったよ」
 あの時咄嗟に庇って受けた銃弾は、庇ったはずのアリオスをも撃ち抜いたが、寧ろその傷が二人を今の関係に結び付けた。
 自分の身に受ける痛みよりも、お互いを失う痛みに気付かせたのだから。
「うるせぇ。気障な事してごまかしてんじゃねぇ。返事は?」
 生憎カティスの感傷などに頓着していないアリオスが、胡乱な視線を向けてくる。
「……」
「……」
 ペリドットとシャンパンゴールドが、色気のかけらも無い睨み合いで視線を激突させる。
 先に折れたのは、何時ものようにカティスだった。
「……わかった…確約はできないが、約束はする」
 しかしそれでも奇妙なぼど曖昧な返事を返した。
「……なんだよ、その好い加減な返事は」
 拍子抜けしたように、アリオスの唇がへの字に曲げられた。
「いざって時の自信がないからさ。だからお前さんも、なるたけ弾やミサイルから避けるんだぜ?」
 苦笑しながら再び指先にキスを送る。
 するりと唇の下から指が逃げ、カティスから取り戻した手で頬杖をつくと、銀髪の青年は何時ものシニカルな笑みを浮かべた。
「知るかよ。向こうが避けるさ」
 くくっと喉を鳴らす低い笑いに、カティスは苦笑を返すしか無い。
「お前さんらしいよ」
 緩慢な滅亡を辿る宇宙の中で、この温もりを失いたくない。そう願うのは自分だけなのかも知れない。とカティスは思う。
 少なくとも、宇宙が終焉に差し掛かっていることを、アリオスは知らないのだから。
 ただカティスが危険に近寄らないように釘を注し、戦場に飛び込む自分の事は棚上げして、彼の身を案じている。
 些か手前勝手な気がするが、クールを気取りながら、その実かなり情の篤い青年の気遣いを嬉しく思う。
「なぁ、まだ報酬の交渉もしていない国の事で、何やってるんだろうな俺達」
 不毛な口喧嘩にはにかむような苦笑をするカティスの言葉に、アリオスも冷笑を幾分緩めた。
「さあな」
 素っ気ない返事を返し冷めたコーヒーを飲み干すと、カティスに視線を据えた侭、頬杖にしていた手を口許へ持っていき、指を唇に押し当てた。
 カティスが二度唇を落とした場所に。
 悪戯を含んだペリドットに思わず喉を鳴らし、カティスが苦笑する。
「誘うなよ、チェックインし直したくなる」
 業と言い返せば、小さな笑いが応えてきた。
「喧嘩したら、やって仲直り。お前が教え込んだんだぜ」
 くくっと喉の奥で笑いながら、自分の指を舐めて妖艶な仕種を見せ付ける。
「ったく……」
 誘う侭に手を伸ばしかけた時、背後の気配に舌打ちした。
 アリオスの瞳からも笑みが消え、珍客を見据える。
「邪魔するぜ」
 品の無い声とともに、カティスの隣へ派手な成相の男が、無遠慮に腰を下ろした。
 黒い革のぴっちりしたボンテージパンツが目に入り、カティスは男の顔を見る気が起きなくなった。
「時間だな、我々は失礼させていただこう」
 さりげなく断りを入れて立ち上がろうと腰を浮かす。
 しかし、意に反して身体は男の方へもたれ掛かる。いきなり腰に巻き付けられた腕が強引に引き寄せたからだ。
「何の真似だね?」
 すっと眼を細め、剣呑な殺気を隠そうともしないアリオスを、挙げた片手で抑えて苦笑雑じりに男を窘める。
「私は君とは面識は無いが? やめてもらいたい」
 穏やかな声色だが、ある程度観察力があれば、冷たい怒気を孕んでいると判るはずだ。
「あまり時間もないので、放してくれ」
 しかし男は更に手に力を入れた。
「二時間で二百ならどうだ?」
 話しを聞く気も無いらしい下品な声で、空いている手の指を二本突き出してくる。意味が判らずカティスは眉を寄せた。
「言っている事が判らないな」
「気取るなよ。夕べはずいぶんお盛んだったじゃねぇか」
 腰を押さえ付ける手が衣服の上から撫で下ろす様に尻へ下りる。おぞましい感触に鳥肌が立つ。
「俺の部屋が隣でな、お蔭様で勃っちまって眠れない」
 相手の言わんとする事があらかた見えてきた。しかし、意図が解らない。
 どこから見ても普通の旅行者の自分をいきなり男娼扱いするこの男は、いったい何を考えているのだろう?
「何か勘違いをしているようだな」
 低く抑えたアリオスの怒声が寄越され、カティスは困ったなと苦笑する。
「私達はただの旅行者だが? あまりふざけた話は迷惑だな」
 男三人のただならぬ雰囲気に、さすがに衆目が集まってくるのを感じながら、撫で回す手をたたき落とそうかと思案する。
「おい、俺がしようか?」
 面白がっているような口調でアリオスが口を開く。
 自分が追い払おうかと言う意味だろうが、顔は男に向けた侭なので、まるで違う意味合いに聞こえた。
 そしてペリドットの両眼は、微塵程度の笑みどころか殺意さえ見せ付けている癖に、同時にちろりと舌を覗かせて上唇を舐めて見せる。
 艶めいた仕種に、腰を押さえ付ける手が揺れた。はたして男がどう答えるのか、カティスは俄かに興味が出てきた。手を払いのけるか殴り飛ばすか決めるのはそれからでも遅くはない。
「俺はどっちでもいいぜ」
 男が嬉しがる声を上げた。
 観察眼のかけらも無い阿呆な男が、さも自分を誘っていると受け止めて喜んでいるようだ。
「金はあるぜ、カジノで一山当てたんだ」
 僅かに声を上擦らせながら、胸元を叩き懐具合の良さをアピールしてみせる。
「さ……三人でもな…俺はいいし…な、どこかでゆっくり話そうぜ。な?」
 しつこく耳元で言い募るから、カティスは初めて男の顔を見た。揉み上げと顎髭の区別がつかないごつい顔のカナツボ眼が、期待と怯えと必死さを混ぜ合わせて見詰めてくる。
 溜息が出た。
「仕方が無い。確かに場所を移したほうが良さそうだ」
 カティスが諦め気味にそういうと、いきなり立ち上がった男に肩を抱きしめられた。
「ありがとう! いや…楽しみだぜ」
 一瞬、真摯な目でカティスを見ると、そのまま肩を抱いて歩きだす。
「行こうぜ」
 意図が解れば、男の浮足立った様子がよくよく見えてくる。
 カティスは頭一つは大きな男に半ば引きずられながら、アリオスを振り返った。
 銀髪の相棒は、不機嫌そのものな態度でゆらりと椅子から立ち上がり、椅子の横に立て掛けてあった大剣と、カティスが取り損ねたコートを手に取ると、ふたりの背中を睨み据えながら歩き出す。
 会話を漏れ聞いていたらしいロビーの客達の好奇心たっぷりな視線に曝されながら、三人はエレベーターホールへ向かった。


 男が案内した部屋は、カティス達が泊まった部屋の隣では無かった。
 カティスもアリオスも別段驚きはしない。予想通りだ。そして部屋に入った途端、男が物凄い勢いで土下座したのも、予想の範疇だった。
「申し訳ありません! 大変失礼をいたしました!」
 絨毯に額を擦り付けるように謝る男に、カティスの盛大な溜息が浴びせ掛けられた。
「全くだ。お陰で私はどんな顔をしてロビーを通ればいいか判らないな」
 カティスの嫌味に男が小さくなる。
「なんとかお話をと思いまして…自分は監視されているかも知れず、本当はもっと当たり障りのない話しをする積もりだったのですが…すぐに立ち上がられたので、咄嗟に捕まえてしまい…いやはやまったく……」
 しどろもどろな言い訳を冷ややかな目で眺めていたアリオスは、カティスにコートを放ると、男の言葉が終わらないうちに踵を返した。
「待って下さい!」
「人を男娼扱いした揚句、下らん言い訳しかしないなら、俺はお前に用は無い。いくぜカティス」
 低い怒気のある声が、振り向かない侭発される。
 男は慌てて立ち上がった。
「お怒りは御尤もです。自分の失態は如何様にも咎は享けます。どうか、我々の話しを聞いてください」
 必死に言葉を繋ぐ男に、冷たい視線を浴びせるアリオス。二人のやり取りを傍観しながら、カティスは部屋の冷蔵庫を勝手に開けて缶ビールを二本取り出した。
「アリオス」
 呼ばれて向けられたペリドットに、ビールを放る。
 受け止めた青年は、つまらなそうにドアに背をもたせ掛けてプルを開けた。
「飲み終わるまでに、依頼の内容を話してみないか?」
 カティスの仲裁に、男は深く頭を下げた。
「有り難うございます。自分はアンブロール公国の者です」
 これから向かう筈の国の名に、アリオスの眉間が険しくなる。
「公爵、伯爵。どちらの遣いだね?」
 カティスの問いに男は首を振った。
「どちらも我々の敵です。自分は反乱軍から来ました」
 男が言い終わらないうちに、アリオスはクックッと喉で笑い出した。
「馬鹿兄弟。ついに国民に見捨てられたか」
 その言葉に大きく頷き、男が公国の現状を語り出した。『国民の血は流さない』と公約した両陣営はそれでも内紛を続ける為に傭兵部隊を組織した。傭兵は集めるだけで金が掛かるし、腕利きになればなるほどその技量と命の値段は釣り上がる。アリオス自身そんな高額の報酬で動く傭兵であるから、どれほど法外な買い物なのかはよく知っていた。当然、散財のつけは国庫に収める税金を増やすことで補填され、国民は重税に苦しむ。
 アリオスが言う馬鹿兄弟は、国民の血は流さずに血税を吸い上げていた。
「我々にはもう耐え切れ無い……」
「それで? お前らも傭兵雇って戦争させるのか? 奴らに対抗して」
 歯を食いしばり、言葉を搾り出す男を静かに見詰めながら、アリオスが冷笑を浴びせ掛ける。
 男のカナツボ眼に、屈辱感と怒りが過ぎったが、重く首を振って返事を返す。
「……我々には…貴方一人にお願いするしか…」
 さもありなん。貧困に耐え兼ねて立ち上がった反乱軍には、あまり予算はないに違いない。
 寧ろアリオスを雇ったとしても、要求分が支払われるか怪しいものだ。
 カティスは訝し気に、肩を落とし説明を続ける男の背を眺めた。この男から感じる気配が様々に変化していく。
 絶望、殺気、憎悪、嫌悪、疑惑、そして決意。
 つまりこの男は、これから何かを依頼しようとしている相手のアリオスさえ憎んでいる。どうもろくな依頼ではなさそうだ。
 誰にも聞こえないようにため息をついて、好い加減うんざりしたと思う。嫌う相手に楽しい仕事を持ってくる者は居ない。
 説明に熱が篭り始め、傭兵部隊の為に彼が公爵の軍を解雇された理由の愚痴に差し掛かった男の背を眺めると、うんざりした不機嫌な顔の相棒と視線が合う。
 側に来いと目配せをするアリオスに目線で頷き、さりげなく部屋の端から移動すると、彼の懸念が理解できた。
 アリオスの陣取る入り口付近にあるバスルームの中に、あと数人の気配を感じる。
 なるほど、確かに『我々』だ。
 自分の迂闊なお人よしに内心歯噛みしながら、ビール片手に歩く動作には平静さを保つ。
 男はいかに国民の苦難を救うべく立ち上がったかを力説し始めていた。聴き入る振りをしながら足を進める。
 伏兵を隠す理由を好意的に解釈するなら、相手に威圧感を与えない為とか交渉は一人のほうが安心させられるとかあるのだろうが、裏を返せば相手の油断を誘い騙してやろうとする下心に外ならない。
 そして交渉がこじれれば、隠れた仲間が数にものを言わせる事になるのだろう。
 つまりこの連中は、何としてもアリオスに依頼を請けさせたいのだ。
 アリオスが数に剥くむ筈も無いが、カティスが関わるなら話は別である。
 明らかに戦闘とは縁の無い男であり、アリオスの仲間である。彼を押さえればアリオスが動くのは、この短い時間の中でも実証されている。
 懐柔にかかるか人質にするか……
 後者なら連中の命の保証はないと、カティスはこっそり苦笑した。
 似たような事をした奴らが、隙を衝かれて皆殺しにされた例もある。
 愛しい銀の獣の手を血で汚すのは、戦場以外でさせたくはない。
 これは奥の手を出すしか無いかも知れないなどと考えながら、カティスは業とバスルームのドアに背をもたせ掛けた。
 アリオスが睨みつけてきたが、肩を竦めて返してやる。こうしてドアを押さえれば中の奴らが飛び出すタイミングを外せるはずだ。演説している男一人なら、蹴り飛ばす程度で済む。
 相手に覚られないように応戦態勢を調えると、民衆の苦しみを訴える男の話の腰を折った。
「君の熱意は解ったが、それで彼に何を依頼したいんだ?」
 静かな聴衆に勢い込んでいた男は、口を挟まれた事へ些かならず気分を害したらしい。
 眉を寄せて振り向く男に、今度はアリオスが冷ややかな声を浴びせ掛けた。
「ああ、崇高な思想とやらは、そこの冷蔵庫にでも聴かせてやれ。俺に必要なのは仕事の中身と報酬だ」
 プロの傭兵の仕事に思想も理想も必要はない。最低限の倫理観以外は任務遂行のさまたげに成り兼ね無い。つまり情に流されれば命に関わるからだ。
 民衆の苦境は気の毒だが、自分には関係無い。言外に言い切るアリオスへ、男は僅かに失望した視線を向けた。演説が無駄になったのだから無理も無い。
 やがて小さい息を吐くと真っ直ぐアリオスを見詰めた。
「貴方に依頼したいのは、公爵かその弟の暗殺です」
 カティスが小さく口笛を吹く。
「暗殺…ねぇ」
 低く笑うアリオスに、男が頷く。
「貴方の腕を見込んでお願いします。報酬は相場の二倍お払いします」
 その言葉に、銀髪の傭兵はわざとらしく目を丸くして見せた。
「たった一人か二人殺すのにか?」
 嘲りをたっぷり含んだ態度に、男は悔し気に拳を握り絞めた。
「貴方にしかできないのです……」
 搾り出される声音に、アリオスは肩を竦めて苦笑した。
「ふぅん」
 カティスの凭れたドアの奥で、伏兵達が息を潜めるのが感じられた。
「あんた達の依頼は解った。断る」
 あっさりと言われた言葉の意味を多分すぐに理解できなかったのだろう。ポカンとした顔になった男は次に怒りで顔を赤くした。
「ど…どうして?」
 握り絞めた拳を震えるに任せて、アリオスを睨み据える。
 カナツボ眼をペリドットの瞳が冷ややかに受け流す。
「これを請けたら、俺は二度と傭兵が出来なくなるからだ」
 空になった缶を玩びながら、冷笑が深まった。
「暗殺なんて経済的な手段に馬鹿みたいな金を払い傭兵を雇うのは、標的が傭兵じゃなければ近寄れ無いからだろう? しかも、俺位のネームバリューのある傭兵ならってことだ」
 いつものように喉で笑い、教えられていない内幕を暴いていく。
「依頼を完遂させる為には、俺は公爵か伯爵のどちらかと傭兵契約を結んで潜り込まないとならない訳だ。つまり、二重契約の上に、騙し討ち」
 言葉をきると嫌味に肩を竦めて見せる。
「俺は金に転ぶ暗殺者って名が変わり、まともな依頼は来なくなる。これでも信用商売なんでな、相場の二倍でもリスクがデカすぎる。他を当たってくれ」
 にべもなく言い放つアリオスを眺め遣り、カティスは思惑の外れた男達がどう出るかを考える。
 しかし考えるよりも早く、背後のざわめきに凭れた背に力を込めると、後ろ手にドアの鍵を掛ける。音に反応した男がカティスに飛び掛かるのが同時だった。
「く……っ」
 喉に指が食い込み息を奪う。カティスは堪らず低く呻いた。
 だが、ドアから退かそうと殴り掛かる男の拳は、ひやりと肩に乗せられた剣に止められていた。
「それ以上したら、お前の首が飛ぶ」
 冷たい怒気をあらわにしたアリオスが、男の首に剣を突き付けたままゆっくりとカティスから離れさせる。
「中の奴らを出せ」
 閉じ込められ、ドアを開けようと体当たりを繰り返していた伏兵達は、カティスが退いた事で勢いよく室内に飛び出し踏鞴を踏んだ。
 彼らが目にしたのは、首を摩るカティスとアリオスの剣で動きを封じ込められた仲間の姿。
 形勢は既に決していた。
「……」
 悔し気にアリオスを睨み据え、それでも静かになった反乱軍の有志達を一瞥すると、銀髪の傭兵はカティスに顎をしゃくる。
「ドアを開けろ。ここにはもう用は無い」
 冷徹な言葉にまだ未練が有るらしい男の肩が揺れたが、何も言わずに俯いた。
 無抵抗に垂らされた両手の拳が白くなる程握り締められる。
「まあ、そんなに怒るなよ」
 緊縛した空気を、のんびりとした答えが叩き壊す。途端にアリオスが渋面で睨みつけてきた。
「…よせ」
 不機嫌な相棒に、カティスの悪戯っ子のように煌めくシャンパンゴールドが向けられる。
「仕切り直しだ。話しをしよう。剣を収めろよ、アリオス」
 諦めかけていた男達が、一斉にカティスを見た。
「俺の話は終わった。こんな、自分のケツも拭かないような能無し達に係わるのは御免だ」
 アリオスの反論にカティスはしみじみと頷く。
「ああ、他力本願極まりないな。お前さんの気持ちも解るよ」
「なら行くぜ、宇宙船(ふね)が出る」
 退室を促すアリオスに、カティスは苦笑しながら首を振った。
「まだ時間はあるさ。どうせ行く先は変わる」
 宥めすかすように笑いかければ、更に不機嫌になったアリオスが荒々しく剣を鞘に収め、腹立ちもあらわに男の肩を押しやり仲間達の方へ突き飛ばした。
「勝手にしろ。そいつらが何かしたら、俺は斬るだけだ」
 語気も荒く吐き捨てて睨むペリドットに、カティスは礼とともに頷いた。
「ああ、ありがとうアリオス」
 うるさがる文句に笑いながら、その笑みを男達に向ける。
 華やかで優しい笑みに彼らがたじろぐのも気にする事なくカティスはゆっくりと壁に凭れた。
「話、とは?」
 どうやらアリオスを説得してくれる訳でも無いらしいカティスに、痺れを切らした一人が尋ねると、満面の笑みのまま肩が竦められた。
「思いっきり他力本願で、ついでに金も掛からず、多分あまり血も流れない方法があるのを教えようにと思ってね」
 以外な台詞に男達が目を見張る。
「なんだって?」
「それは……?」
「まさか。ありえない」
 口々に疑心をこぼす。
 アリオスが小さく舌打ちした。
「あるさ。夜は千の目を持つ。しかし昼はただひとつ……その一つの目に縋るのさ」
 奇妙な言葉に男達が顔を見合わせる。
 カティスは彼らに視線を合わせた。
「王立派遣軍を要請するんだ」
 王立派遣軍。
 宇宙を統べる女王の軍隊。
 紛争地域や災害地に赴き、救助や、紛争の調停等の平和維持の活動をすることが主な任務であり、宇宙の平和の担い手である。
「派遣軍なら、公爵と伯爵の兄弟喧嘩も丸く収めてくれるさ」
 ニコニコと脳天気に提案されても、男達の疑心に満ちた表情は晴れない。むしろ馬鹿馬鹿しいといいたげに首を振った。
「女王府が動く訳が無い」
「内戦が始まって既に八年。我々が助けを求めても、何の救いも来ませんでした…」
 交渉役としてアリオス達と話しをしていた男が、咎める口調でカティスを睨む。
「聖地にすれば、何年内戦が続こうともほんの瞬き。気に止める必要も無い、取るに足らない事でしょう」
 横の男が頷く。
「女王も伯爵達と同じ、我々から税を毟り取って行く」
 吐き捨てた男にカティスが深々と嘆息する。
「アンブロールにも、女王税が有るらしいな…」
 最近の辺境国家が使い始めた増税の口実。聖地を取り仕切る光の守護聖が聞いたらさぞかし渋い顔をするだろうと苦笑しながら、カティスは部屋に据え付けられたレターデスクに近寄った。
「世の中、世知辛いねぇ」
 呟いて、常備されたホテルの便箋に何やら書き込むと、封筒に自分の名を綴る。
 宛て先に『オスカー』と書き、苦笑しながら別にもう一通手紙を認めて封をした。
「おせっかい…」
 カティスの行動に、アリオスが愚痴めいた非難を浴びせた。
「すまんな」
 苦笑で返して二通の便箋を男達に差し出す。
「なんです?」
 訝し気に顔を見る男に、再びニコニコと笑顔が向けられる。
「騙されたと思って、これをこの惑星の王立研究院支局に持って行くといい」
 一通を指差し、更に笑みが深まる。
「研究院の支局長が古い馴染みでね、カティスからだと言えば話しを聞いて便宜を図ってくれるはずだ」
 諭すように言いながら、笑みに苦笑が混じる。棄てた筈の権力を振りかざす気がするからだ。
 退任守護聖の情報は支局長クラスまでなら通知されている。カティスの名を無視できないだろう。支局長に宛てた手紙には、自分の名は出さずに炎の守護聖に手紙を届けてくれるように頼んである。
 そしてオスカーはアンブロールの窮状を見過ごしはしない。
「アリオスが断ると言った限りは、梃子でも動かない。どうせ駄目元なんだから、此処からすぐの支局に行ってみろよ」
 そう締め括り、半信半疑で手紙を受け取る男の肩を軽く叩く。
 そしてさりげ無く、身の内に残ったサクリアを流し込む。この奥の手で、支局に男が足を踏み入れたら支局長が飛んでくる筈だ。振り切れた緑のサクリア計測ゲージによって……
 支局長のその時の顔を想像しながら、カティスは男に頷いた。
「頑張れ」
 一言励まし、注いだサクリアの影響で落ち着いた顔付きになる男達を見る。
 緑のサクリアは繁栄と豊饒を司る。
 多分かなり気が大きくなっているのだろう……カティスの突拍子も無い提案を受け入れる位に。
 人の心に影響する力を使った苦味が胸に広がる。苦笑で包んでアリオスを振り返った。
「行こうか? 俺の用も済んだ」
 コートを羽織って微笑むカティスの言葉が終わらないうちに、ずっと苛立って居たらしい相棒はドアを乱暴に開いて出て行った。
 後が怖いなと一人ごちて、肩を竦めながら部屋を出ようとしたカティスに、交渉役だった男が怖ず怖ずと声を掛けた。
「あなたは…何者ですか?」
 苦笑とともに片目をつむる。
「旅行者さ」
 今は、と心の中だけで付け足す。
 ポカンとする男達の様子にほんの僅か胸の苦味が軽くなった気がして、カティスはクスクスと笑いながらドアを潜った。



 数時間後、アンブロールとは違う星を目指す宇宙船の船室で、カティスはアリオスに組み敷かれ、焼け付くような痛みに背後から貫かれていた。
「…く……」
 堪え切れない苦悶の呻きに、酷薄な美貌の青年が、苦い笑みを浮かべる。
「あんな野郎にベタベタ触らせやがって…」
 嫉妬もあらわに激しく腰を振り立てられ、激痛に悲鳴が上がり長い金髪が千々に乱れた。

 ホテルの部屋を出てから、アリオスはカティスと目を合わせ無いし口も利かなかった。アンブロール行きの宇宙船をキャンセルした時も、カティスが二人のプライベートビーチがある海洋惑星へのチケットに変えてもアリオスは無言だった。
 そしてポーターに案内されてこの部屋へ入り、チップとともに出て行く姿を見送っていたカティスに、アリオスが襲い掛かったのだ。
 壁に押さえつけられ、ベルトを外されると、何の準備もしていない場所を刺し貫かれた。
 ポーターが置いて行った荷物は部屋の真ん中に置かれたままで、それどころか着衣すらそのままに。――全く、コートさえ脱ぐ暇も与えられず。――カティスは入り口横の壁に両手を着いて崩れそうな身体を支えていた。
「……俺には、Mの気は無いって……言ってるだろう?」
 苦しい息を何度も吐いて痛みを紛らわしながら文句を言うと、
「うるさい」
有無を言わせない声と突き上げが返されたから、ただ声を上げるしかできない。
 痛みに俯けば、引き下ろされて腿に絡まるズボンとベルトが突かれる度に揺れ、剥き出しにされて刺激に反り返った自分のモノをアリオスの片手がしっかりと掴んでいる様が見えた。
 間抜けな姿に苦笑が漏れる。
 途端に更に激しく掻き回され一際高い悲鳴が搾り出された。
「まだ笑えるたぁ…随分余裕こいてくれるじゃねぇかよ」
 低い声は官能に甘く掠れて、カティスの腰を押さえ付けていた手が上半身に滑り上がると、ボタンを飛び散らせながらシャツを開いていく。
「思い知らせてやる…」
 呟きの凄みに対して、胸元に滑り込んできた愛撫は羽毛で撫ぜるように優しい。
 下肢の激痛とは正反対の柔らかな刺激に、ただ痛みに耐えていた荒い息の中に甘い響きが混じる。
「三日は動けなくして、減らず口も叩け無いようにしてやる…要らんおせっかいが焼けない位にな」
 囁きながら象徴を掴む手が動き、扱き始めた。
 甘い吐息が更に引き出されていく。
「アリオス…」
「……この、阿呆…」
 掠れた呟きにアリオスの真意が見え隠れしている。
 カティスの前身をアリオスは知らない。銀髪の青年の失われたらしい記憶をカティスが知らないのと同じに。
 今傍に在るお互いの温もりだけを絆として、支え合って来た。
 アリオスは過去を無くし。カティスは過去を棄てた。けれど時折、今日のように過去と関わる時もある。
 否応なしどころか、自ら進んで力を使い、過去と自分への嫌悪に苛まれる…
 そういう時、アリオスは決まってカティスを乱暴に抱く。今もそうなのだろう。
 カティスが苦笑の中に飲み込んだ苦味を読み取って。
 多分、戦場から戻ってきたアリオスを、カティスが片時も離さずに、気死どころか昏睡するまで抱き続けるのとおなじなのだろう。
 愛しい者の瞳の奥にある、苦い痛みを消したいから…
 だからカティスは、背後に手を伸ばして銀髪に指を絡めて、振り返りながら引き寄せた。
 間近に来るペリドットの光に、にやりと不敵な笑みを向ける。
「明日は俺の番だ。覚悟しとけよ」
 挑戦めいた台詞へ、アリオスは滅多に見せない溶けるような微笑みで応えた。
「腰が立つならな」
 そのままうなじに顔を埋め、甘い声を引き出し始める。
 苦痛以上の快感に、艶やかな仕種で背を反らすカティスが、入り口の横にあるコンソールを操作して室内の重力と照明を切った。
 船窓から覗く千の目に曝されながら、重さからも開放された二匹の獣がお互いを甘い牙で貧り始めた。



 次の寄港地に宇宙船が到着した時、二人が耳にしたのは、アンブロール公国の紛争終結と、新たな女王選抜試験の報だった。

 そして時代は、新女王アンジェリーク・リモージュに襲い掛かる未曾有の侵略戦争へと、二人を巻き込んで行くのだが。
 今は未だ、語る時では無い。

END


Edinburgh Wain (エジンバラ・ウェイン )
ウェインとは北斗七星の意味。
▼エジンバラ・ウェイン・メグレス▼
スタンダード・スコッチ。メグレスは七星の中の一番暗い星の名前。
▼エジンバラ・ウェイン・アリオス▼
12年のモルトを主体につくられた。アリオスは七星の中の一番明るい星の名前。
主要モルト タリバーディン/タムナブーリン/ブルイックラディー