【着信があります】
月の夜。
メロディーが流れる。
聞きなれていた曲。もう聞けないと思っていた曲。
あれは、イーリスの曲。
聞いて、気に入って、着信メロディーに入力()れてみたんだったけ。聞き書きのスコアだから、めちゃくちゃヘタッピ。
あれ?でもどうしてそれが聞こえるの?
あの曲を入れた携帯は、壊されちゃったはず。
魔法研究院の研究だとかで貸して、妙な事されて、分解されて焼けこげて、もう戻らなくて…
悔しかった、悲しかった。
リュクセルが取りあえず組み立ててくれたけど、入らない部品も何個か出て、もう使えなかったはずなのに…
…まだ鳴ってる…
…夢かな?
夢だよ。
第一、 ここはもうクラインじゃない。
大樹の精霊のアリサのおかげで、帰って来れたんじゃない。
もう一年半も前の事だよ。
今は高3で、来週にも付属短大の受験があって…
ここはあたしの部屋で、あたしの家で、あたしの世界。
魔法も剣も、ありゃしない。
平々凡々な、当たり前の事しか起こらない、壊れた携帯が鳴るはずの無い世界。
そしてあたしは、自分のベッドの上にいる。
夜中だもん。寝てたんだもん。
…だから、夢だ…

クラインかぁ…今になってみると、あの世界も夢の中みたい。
王子様やお姫様、騎士に魔法使いまで居てさ。
まるっきりファンタジーの世界そのもののような所。
…まあ、御当人達は、ファンタジー小説みたいじゃなかったけどね。
みんな一癖も二癖もあって、一筋縄じゃ行かない連中ばっかり…
特にあいつよ。
何か知らないけど、筆頭魔導士なんていう御大層な肩書のスチャラカ野郎。
魔法使いらしい、神秘的な所、かけらも無い俗人。
いっつもセクハラ紛いの事言ってさ、おまけに陰謀の囮に使ってくれたりして、人をなんだと思ってんのさって奴。
あんな奴に係わったのが、あたしの一生の不覚よね。
お陰でいまだに…忘れられない…

あいつ、何でかずっと側に居た。
あたしの保護者やってたのはキールだったけど、あいつはキールの保護者みたいだったから、あたしもひっくるめて保護者してるつもりだったのかな?
いっつもへらへら笑ってて、余裕かまして、えらそうで、それでいて、あたしが辛い時、苦しい時、判ってたのかな?笑わすか怒らすかしてた。
手玉に取られて癇癪おこしてから、気がつくんだ、苦しいの、楽になってるのを…
なんだかなぁ…
わかんない奴。
帰って来るの、突然だったから、何も言えなかったな…
あいつ、あたしの事、どう思ってたのかな?

そう言えば、一度だけ、告白紛いのセリフ聞いたっけ?
同類だとか、本気になれるかも。なんて軽く言ってさ。
そうそう、退屈させないとも言ってたな。これだけは本当だと思うけど、本気ってのは、イマイチ信用できないよね…
だってさ、あいつ、女とっかえひっかえだもん。
あたしにんな事言った次の日に、女官さんと別れ話してるの見たもんね。
私の為に別れたなんて言ってたけどさ、他にもうじゃうじゃ居るに決まってるわよ。
それに、あいつの態度かわんなかったし…
相変わらずからかって、相変わらず子ども扱いで、『嬢ちゃん』って呼んで…
…あの声、耳にこびり付いて消えないよ……
『メイ』って名前呼ばれた事もあったっけ。
振り向いたら、キスされた。
ぞくっとするほど優しくて、気持ちのいいキス…
あたしのファーストキス…
そーよ、あいつに盗まれたの。持ってかれたのよ!
乙女の純情全開になって、真っ赤になっちゃったら、あのボケ『まだまだお子様だな』なんてほざいた。
勿論殴ってやったわ。
どーせそーよ。
あんたは大人であたしはガキ。
判ってるわよそんな事。
だのにあんたは、気がついたら横に居て、さりげなく守ってるって感じで、そういうのって、嬉しいんだか腹立つんだかわかんない。
あんたが私を本当に好きなのかも、なんて錯覚してしまいそうになる。
大人が子どもに本気になる訳無いじゃない。
あんた私で遊んでただけでしょう?
なに考えてたのかわかんない。
判んないからあたし、“自分がした事”が欲しくなった。
あたしの、存在理由。
あの世界に私が居るには、あいつの前に堂々と立つには、“あたしが自分でやり遂げた事”がどうしても必要だった。
でなけりゃ負けちゃう。
あの男に。

妙なものよね。こっちの世界じゃあ、あたしそんなに目立つ女の子じゃないんだよ。
飛び出さず、波風立てず、みんなと一緒。極々普通の女子高生。
あっちであたし、はしゃぎすぎてたのかなぁ?
『人間、意外性とハッタリ』なんて、こっちじゃ冗談程度にしか口にしないのに、あっちじゃ地でいってたもんね。
おまけに、偉そうに『自分の存在理由』なんて言っちゃったりして、スパイ映画のヒロインみたいに、『単独他国潜入』な〜んてことまでしちゃったんだよ。
マジですごくない?
こっちじゃ逆立ちしたって出来ない相談だわ。
友達に話したって信じてもらえない。
もう魔法も使えなくなったし。「半年もどこ行ってたの?」って聞かれても、覚えてないとしか言えなかった…
身元不明の遺体と間違えられて、葬式まで出されてたし…
あ〜あ。
シルフィスやディアーナは喜んでくれたよ、すごいって誉めてくれた。
あの、ダリスの廃虚の中で、駆けつけてくれてさ。
偏屈野郎のキールだって、『よくやった』なんて言ったわ。耳疑っちゃったよ。
でも。
本当に誉めて欲しい声、聞いてない。
あたしを認めさせたっていう確認していない。
『やったな』って笑う顔、見ていない。
クラインに戻る暇無くて、こっちに帰ってきたもんな…
あいつは殿下の側近で、クライン離れる事できなくて、『帰ってきたら、いくらでも誉めてやる。子ども扱いも止めてやる』なんて、例によって、むかつく笑い顔で言ってたのに…

メロディーはまだ流れてる。
繰り返し、繰り返し。
調子っぱずれな、あたしの入力()れたイーリスの曲。
本当に下手だわ。
あれ入力れた時、あたしの耳おかしかったんじゃない?
下手すぎて目が冴えちゃったわよ。
頭の中ごちゃごちゃしてきて、要らない事ばっかり思い出させて、考えさせて。
お陰で欠伸ばっかりで、涙が出てくるわ。
そうよ、欠伸よこれ。
泣いてなんかいない。
向こうでもこっちでも、変わらないのは、あたしが泣かないって事。
絶対泣かない。泣いてなんかいない。
あいつを思い出して、泣いたりなんかしてやらない。
だってあたし、あいつの本音聞いてない。
あいつは冗談みたいな言葉しか聞かせなかった。
あたしがあいつをどう思っていようと、あいつはあたしを子供だと思ってた。
はっきり判ってるんだ。
周りに恋人だって噂されてたって、本当は恋人じゃなかった。
だからあたしは、泣くはず無い。
泣いてないのに、涙が止まらない。
あいつが悪いんだ。
忘れさせないから。
友達と話してても、いつもあの声がしないか待っている。
路地の影から、ひょっこりと出てくるんじゃないかって思っちゃ、がっかりしている。
ここは日本よ、あたしの世界よ。
あたしの記憶にくっついて、いつまでも放さないなんて、止めてよ…
行けるわけないのに、戻れるはず無いのに。
もう、会えないのに…

メロディーがしつこい。
こんなぐちゃぐちゃした御託考えるのは、このドヘタな曲の所為よ。
大体ね、壊れてるくせに、何時までも鳴ってるなんて、非常識よ。
壊れてるんだったら、おとなしく壊れてなさいよ。
こちとら受験勉強で疲れてるんだ。乙女の寝不足原因作ってるんじゃないわよ。

あの携帯、どこにあったっけ?
そうだ、クラインから着て来た服とかと一緒にクローゼットの箱の中。
止めてやるわ。
そして寝るのよ。
それで、あいつなんか忘れてやる。


【着信があります】

月明かりの中、光る液晶に浮かぶ文字。
非通知設定でも通知不可でも、TELbナもなくて、その文字だけが浮かんでいる。
本当に、電話、きてるのかな?
まっさかねぇ。壊れてるのよ、これ。
大体、電池も無いのに…
深夜の怪談?
え〜い。
通話ボタン、試しに押してやろうじゃないのよ。

「もしもし?」
「…よう、元気か?」
「……!?……」
何これ…
「ど〜した嬢ちゃん?聞こえてるのか?」
この声、この喋り方。
「うそ…」
「何だよ、聞こえてるんだろう?」
ちょっと待ってよ、何で携帯からあいつの声が聞こえるの?
んなはずない。壊れてるんだよ。
でもあいつは、そんなのお構い無しで喋ってる。
非常識ここに極まれりだわ。
「お〜い、嬢ちゃん。聞こえてるんなら、何か言えよ」
相変わらずスチャラカな話し方。
あんたって、なんでそんなに軽いのよ。
「おいおい、声だけなんだぜ、そっちで百面相してても見れね〜ぜ」
阿呆。見られて堪るか。
泣いてる顔なんて、見せたくない。
「なあ、頼むぜ。お前さんの声、聞かせろよ」
涙が止まらない。さっきよりどんどん出てくる。
なんで?あたし泣いてるのかな?
どうして?
「お前さんの声が聞きたいんだよ」
うん、あたしも聞きたかった。あんたの声。
「頼むぜ…何か言ってくれよ」
あんたよく喋るね、聞けて嬉しいけどさ。
…そっか…
あたし嬉しいんだ。
嬉しくて泣いてるんだ。
こいつの声が聞けて、それで、嬉しくて…
なら良いかな?嬉しくて泣くのなら、泣くのも良いかな?
「…何だよ、泣いてるのか?お前さん…」
まったくもう。何でこいつはいつも聡いのよ。
電話口の気配まで、察しないでよ。
「何泣いてるんだ?言えよ…」
うるさい、そんな恥ずかしい事、電話でも言えないわよ。
「言わなきゃ判らねぇぜ…」
そうかな?素直になった方が良い?
そうかもね…
「メイ…お前の声が聞きたい…」
何?今の声。
そんな切ない声出さないでよ。あんたの身上は軽さでしょう?その軽さで世間様の目を欺いてるんでしょう?
まったくもう…本当に人を動かすの上手いんだから…
「シオン…」
絶対詐欺だよこいつの名前。
軟らかで口当たりの良い響き。声に出す度愛しくなる。
「シオン…シオン、シオン!シオン!!」
ほらもう、とまんない。
「はいはい、何遍もありがとさん」
う〜また笑ってる。
見なくったって判るわ、こいつがどんな顔してるか。
ああ、でもなんか、聞きたい事がいっぱいある。
「シオン。何であんた電話掛けてきてるの?なんでこれ壊れてるのに話せるの?なんでクラインとこっちで話せるの?それともあんたこっちに来てるの?来てるんだったら今どこに居るの?大体ねぇこんな真夜中に電話する?普通。あ、そうだ、みんなは元気?変わってない?あんたも元気してるみたいだね。ねぇちょっと、何か言いなさいよ」
「……言う暇よこさね〜のは、そっちだろうが……」
「あ?そ〜だっけ?」
机に肘ついて、耳元であいつがくつくつ笑うのを聞くのって、なんか不思議。
一年半過ぎてるのに、まるで昨日別れたばかりみたいな気がする。
こいつの声聞いてると、安心する…
「まったく…お前さんの声を聞いてると、安心しちまうぜ」
え…?なに?おんなじ事考えてたの?
「不思議だね…なんで話せるの?あんたの魔法?」
「ああ、電話っつ〜のはイマイチ判んねぇけどな、俺は、お前さんが残していった機械の部品に術を掛けて、遠話をしてる。出来るかどうか判らなかったが、繋がって良かったぜ」
あ、そうか、組み込めなかった部品、向こうに置いて来ちゃったんだっけ。
「そっかぁ…じゃあ、今、クラインに居るんだ」
ちょっと期待しちゃったな…もしかしたらこっちで会えるんじゃないかって…
「ああ、どんなに捜しても、そっちに行く方法は見つからなかった…」
「ふうん…」
「ついでに言うなら、こっちは昼だ」
「時差があるねぇ」
可笑しい。まるでクラインが、ヨーロッパにでも在るみたいな気がしてくる。
喋ってた言葉、日本語だったけど…
「お前さんが帰っちまって、半年か…結構過ぎちまったな」
「うそぉ…こっちは一年半過ぎてるよ」
「げ!?マジかよ」
さすが異世界。半端な時差じゃないわね。
「あたし、シオンと九つ違いになったんだね。なんか面白いな」
「いそがねぇと追いつかれるな…」
小さい声がぼそりと呟く。
「え?何が?」
「何でもねぇ」
変なの。
「みんなも変わり無いぜ。セイルは今、見合い話から逃げるのに必死だ、姫さんもがんとして、嫁には行きたくないらしい」
「そりゃそうよ、ディアーナは待ってるんだもん」
「誰を?」
あ、ヤバ…
「う…言わない。約束したもん」
「大方ガゼルだろう?セイルの奴も感づいてるよ。判り易いんだよ、あいつ等は」
あうっ読まれてるし…
「まあ、あいつもダリス戦でレオニスと一緒に結構手柄立てたからな、何とか道も開けるだろうぜ」
めっずらしーこいつが楽天的な事言うなんてさ。
それともただの軽口?
「実はな、国王陛下が、ガゼルを気に入ったんだよ。国家機密だぜ、これ」
「それを国外に漏洩して良い訳?」
「ヘ、盗聴できる奴なんかいねぇよ」
相変わらず、すんごい自信。
「キールの奴も、創造魔法の糸口、見つけたぜ」
「へぇ、良かった。ずっと研究してたんだもんね」
「ああ、お前さんを返す為に研究していた、帰還魔法が、かなり役に立ったらしい。それに、アンヘルの全面協力も得られたからな」
え…ってことは…
「もしかして…シルフィスは…」
「先月婚約した。アンヘルの長老も、孫娘の婿の為だからな、古文書の写本を許したそうだぜ。神代文字の解読も、お前さんが残した本やノートが、役に立ってる」
「何で?」
なんか面白いの?楽しそうな笑い声。
「ちよっと、何でよ?」
あたしが向こうの文字を覚えたり、魔法の勉強の為に書き散らしたノート、全部あっちに置いてきた。あんな物が、なんで役に立つの?
「嬢ちゃん、知らなかったのか?お前さんの使っていた文字が、神代文字なんだよ」
「日本語が?」
「ああ。お前さんこっちに来たら、神代文字のオーソリティに成れるぜ。魔導士資格も、見習いから一気に肩掛け拝領だ。上手くすりゃ緋色も夢じゃねぇ」
うわーー。世の中どうなってるの?
「びっくりした…」
「だろうな、俺もキールもびっくりしたよ」
「すごいね…でも…」
行く方法無いじゃない…
「ん?」
「あ、あんたはどうなの?また女泣かしてるんじゃないの?」
ん?ワンテンポずれた…
「…いいや…今は女に泣かされてるぜ…」
おやまあ。
「あんた泣かすなんて、すごい女傑ねぇ。どんな人?」
き…聞きたくないなぁ本当は、何か、胸の奥が痛い…
「ああ、すげ〜女傑だぜ。俺に一目惚れさせた女だ」
「ふうん…」
「けどな、その時は自分に気がつかなかった。どうってこたぁねぇって思ってた」
「そうなの…」
「俺は人間手駒にするの得意だからよ、思い通りに動かない奴が気になるんだと思ってた」
痛いな…人の惚気なんて聞きたくないな…話振らなきゃ良かった。
「それなのに、自分でも気がつかないうちに、そいつの側に行ってた、話をするのが楽しかった。そいつの言う事は、いちいち俺の核心を突きやがる。手痛い事もあったなぁ。それでも、そいつの顔が見れるだけで、満足してたんだ」
「そっか…」
語んないでよね、こっちは痛いんだから。
「そいつのしたい事なら、なんでもさせてやりたかった。腕の中に閉じ込めて、身動き取れないように捕まえるのは簡単だったが、そんなことしたら、そいつはそいつじゃなくなっちまう。俺が惚れた女じゃなくなる。それが恐くて、冗談みたいな事ばっかり言ってた…」
あたし、なんでこんな話聞いてるの?
胸が痛いよ、聞きたくないよ。
あんたが他の人を好きだなんて話、嫌だ…
なあんだ…
やっぱりあたし、こいつが好きなんだ…自覚した瞬間に、失恋かぁ…
なんでこんな電話かかってきたんだろう…
「らしくないねぇ…」
「ああ、らしくねぇ。だが、これが本音だ。女誑しだの色男だの言われていても、惚れた女にゃ手も足も出ない。一度口説いてみたが、その時も、冗談めかさないと言えなかった。お陰でまともに伝わっちゃいなかったな。情けない男さ…本気で捕まえようとした時には、そいつは手の届かない所に行っちまった…」
「知らなかったなぁ…って、あたしが帰った後の話?」
こいつにとって、あたしって、自分の恋の話が簡単に出来るような相手なんだな…友達って訳か…
やだな…
「そうだぜ。お前さんが帰った後だ…一月持たなかった…」
「御愁傷様」
一月ね…前に引っかけてた女の人達よりは長いんじゃない?
「そ〜だな。本音でぶつかりたがる奴だったから、こっちも本音で口説かないと、絶対わかんねぇんだろうな…だから、今、本音で口説いてる」
え…?
「お前さんは帰りたがってた。ずっとな。よく知ってたさ。やっと帰れたんだ、良かったな、って思ってやるのが普通だろうさ。だが、一月持たなかったよ、そんな虚勢は…」
何?何言ってるの?
「お前が居ない。一月目で、それに耐えられなくなった。街の中うろついて、お前さんを捜している自分に笑えた。二月目で、セイルにお前さんを取り戻す方法を探すと、宣言してた。四ヶ月、死にもの狂いで探し回った。帰還魔法は、俺にとってそっちは帰る訳じゃねぇから使えない。召喚魔法はお前さんを呼べるかも知れねぇが、確かなものじゃない。実際失敗しかしなかったよ…聖樹に怒鳴りつけても、懇願しても、うんともすんとも言いやしない。最後の望みで…この遠話を掛けてる…」
「シオン…」
「馬鹿みてぇだろ?実際、女一人居ないだけで、こんな有り様に成るとは思ってなかったぜ。メイ…お前の所為だぜ…」
「せ…責任転嫁はよくないなぁ…」
あたし何言ってるのよ。
これ、聞きたかった言葉じゃないの。
こいつがあたしをどう思ってるのか、ずっと聞きたかった。
本音のセリフ…嬉しい。ほんとに嬉しい。
「いんや、お前の所為だ。魔法の成立条件の、一番大事な所を、お前が握ってるんだぜ」
「成立条件?」
「魔法を習う一番始めに、キールから教えられたろう?魔法は呪文をくみ上げる事で成立する。言葉によって発動するが、もっとも大切なのは、意志の力だと」
そ〜言えば、そうだっけ?
「明確な意思、強いイメージが、魔法を発動させる。呪文を丸暗記した所で、これが無くちゃあただの朗読になる。召喚魔法がまともに動かなかったのは、お前が、そっちに居たがってるんじゃないかっていう、懸念があったからさ…」
「あたしを、尊重してくれたってこと?」
「まったく、このシオン・カイナス様が、甘くなったもんだぜ。無理矢理引きずり込んで、またお前を悲しませるかと思ったら、まともに魔力も発揮できない。つまんねぇ男に成り下がったもんさ…笑えるよな…」
電話の向こうであいつが笑う。
乾いた笑い声。
あたし知ってる。
こいつが苦しい時、こんな笑い方するの。
「シオン…あたしに会いたい?」
「でなけりゃ、こんなことしてね〜って…だがな、俺は肝心な事聞いてね〜んだ」
「何?」
「お前が俺を、どう思ってるか。俺が冗談で隠していた分。お前から聞く事も出来なかった…こっちに来る気があるのか?そっちで暮らしたいか?…俺に会いたいか…?」
信じらんない…これって夢?
シオンが、あたしの聞きたい言葉ばかり言う。
大人の余裕も、何時もの軽さもかなぐり捨てて、あたしを求めてみせている…
都合良すぎない?
壊れた携帯が鳴り出す事自体。これ全部、夢なんじゃないかしら?
そだね…夢なのかも…
夢なら、少しは素直になっても良いかな?
あたしが聞きたくて、知りたくて、夢に見ているのなら、自分の心にくらいは、素直になっても良いよね…
あっちの世界で、現実で、素直になれない分、夢の中ぐらいは、素直になろう…
…でも、夢でも、勇気要るなぁ…
「シオン…」
「ん?」
「あんた…あたしの事、好き?」
う〜震えないでよ、声。
「いいや。違うぜ」
なぬ?
「好き、なんじゃない」
「ど…ど〜言う意味よ!」
人が精一杯勇気出したのに、今までの本音の口説きってのは、なんだったのよ。
「好きなんじゃねぇよ。そんな軽いもんじゃねえ。そんな程度で納まるか」
………
「愛してる…」
シオン…
「こんな言葉も薄っぺらいな…お前が居ないと、生きてるのも面倒くせぇ。今まで通りに暮らす事は出来るぜ。だがな、中身は違う。お前が変えた。変えて、そっちに持っていっちまった。ここに居るのは中身空っぽのシオン・カイナスだ。責任とってくれよ」
そう来るか…
「どうしてそう、あたしの責任にしたがるのよ」
「お前を取り戻したいから」
きっぱりはっきり言い切ってくれるわね。傍若無人ってあんたの事だわ。
夢の中でも、こいつは変わらない。無茶ばっかり言ってくれちゃってさ…
「無理いわないでよ…帰れる訳無いじゃない…方法捜して、見つかん無かったんでしょう?こっちじゃ魔法なんて使えないのよ。帰りたかろうが行きたかろうが、無理なものは無理なのよ。いくらあんたに会いたくっても、いくら声が聞きたくても、この一年半、あたしには何の方法も無かった。なのにいきなり電話よこしてさ、取り戻す?滅茶苦茶言わないでよ!」
「俺に会いたかったか?」
「そうよ!」
「俺もお前の声が聞きたかったぜ」
「うん…」
「俺の所に来たいか?」
「だって方法が…」
「無い訳じゃない。一番大事な成立条件を、お前が握ってるって言っただろう?」
「あたしが…何をするの?」
「意志だよ、こっちに…俺の所に来たいっていう、強い意志があれば、魔法は発動する」
あたしの…意志?
「この遠話は、召喚魔法の応用なんだぜ、部品と、本体との微かな繋がりが、今、そっちとこっちをつないでいる。お前に恋焦がれて、死にもの狂いで掛けてる術で、声を届かせるのが精一杯だ。メイ、後はお前さんだ。お前の意志だ」
「あたしが、決めるの?」
「ああ。前は、来た時も帰った時も、完全なお前さんの意志じゃなかっただろう?今度は自分で決めろ。お前の人生を、自分で決めろ」
のど乾いてきちゃった…あれ?って事は、あたし起きてる?これ、やっぱ現実?
「夢じゃないの…?」
「は?これが夢だったら、俺は救われね〜ぜ」
呆れたような笑い声が、時々擦れる。まるで圏外ぎりぎりで電話してるみたい…本当に、ぎりぎりの魔法なんだ。
本当に、シオンがあたしを求めてるんだ。
…嬉しい…
でも、どうしよう…
「そっちに行くか、こっちに残るか…決めるんだね…」
「俺と生きるか、俺を捨てるかだ」
「容赦の無い言い方」
「俺にとってはそういう意味だからな」
シオンの声が擦れる。どんどん引っ張られる…
こいつって、まるで蟻地獄だ、結論なんて出てる、あたしが本当に望む事。もがけばもがくほど、本当の望みが、見えてしまう。
「メイ…俺の事、好きか?」
止め差さないでよ!
「…うん…」
ああ、言っちゃった…
「好きだよ…シオンが好き…多分…誰よりも…」
また涙出てきちゃった…
ごめんね、父さん母さん…それに(とーる)…あたし、自分が居たい場所、見つけちゃった…
「普通の女が欲しがるような幸せは、やれないかも知れねぇ。一生苦労ばっかりかも知れねぇ。それでも、来るか?」
否定的に言いながら、その確信に満ちた声は何なのよ。
自信過剰が戻ってきてる。悔しいなぁ…でも、もういいや。
「毒を喰らわば、皿までだよ」
「望めよ。願えよ。どうしたい?お前がそれを言えば、それが呪文に成る。次元だろうと世界だろうと、壁なんて引き裂いて、お前を取り戻してやる」
うん。判った。
あたしの望み。あたしの願い。
「シオンの所に、還りたい…!」
これだけが、たった一つの未来。
「来い」
シオンの手が、伸ばされているのが見えた気がした。
目の前で、白い光が爆発する。
光に巻き込まれる瞬間、部屋のドアが開くのが見えた。
母さんが驚いた顔をしている。
「母さん、ごめんね。あたし、お嫁に行く」
聞こえたかなぁ?
召喚魔法の渦に巻き込まれて、気が遠くなって行く…
今度目覚めたら、きっと、シオンの、腕の中…




END


言い訳
なんと言うか・・・意味不明ですみません(^◇^;)
言語と神代文字の設定と、題名のもとネタは、エーベルージュのiモード小説から。
メイのマウスアイコン、せっかく携帯電話なのに、ゲーム中まったく関わってこなかったので、
ちと思いつくまま(^◇^;)
こんなのですみません。二人とも別人28号だし……
ちなみに、後日談

メイ「携帯、あっちに置いてきちゃった……」
シオン「いいんじゃね〜か?これで、親に電話ってのができるだろう?」
メイ「あ、そっか〜それいいね♪」