自己紹介



 長い天然コールドスリープの果てに、ようやく目を覚ましたYAHOは、新学期になってやっと登校した。
 迎えにきてくれていたメイとは、クラスが違うために脱靴場で別れる事となる。
「じゃあ、あんたは魔法科だからね。間違えないで行くのよ」
「それ……何階や?」
 熊には学習能力が無いらしい。
 がっくりと肩を落としたメイは、丁寧に道順を教えてくれた。
「判った?」
「ああ」
「ちゃんとたどり着くのよ」
「わあった……」
 やはり連れて行くべきか、真剣に悩むメイは、ふと、目にとまった人物に手を振った。
「おっはよーーシルフィス〜♪」
「メイ。おはようございます」
 涼やかな声に、熊も振り向く。
 そこには、鮮やかな金髪と緑の瞳の生徒が立っていた。
 制服は男子のものだが、全体に纏う雰囲気は、少年のような硬質さは無い。しかし、少女の柔らかさも感じられず、不思議な雰囲気を醸し出していた。
 メイににこやかに歩み寄りながら、シルフィスは熊の存在に気がついたようだ。
「おや?もしかして……YAHOですか?」
「久しぶり……」
 半年振りに見る熊に、シルフィスがにっこりと微笑んだ。
「病気と聞いていましたが、もう大丈夫なんですか?」
 長期の欠席は、病欠扱いだったらしい。
「違うわよ〜こいつ、今まで寝てただけよ〜」
 メイがけらけらと訂正する。
「そ、そうなんですか……」
「悪かったな」
 多少はバツが悪いらしく、熊は口をヘの字にした。
「新学期だから、ガッコ行けとさ。あのボケオヤジ」
 見た目は若い居候を口汚くののしって、熊が肩を竦める。
 シルフィスはメイと苦笑するほかなかった。
「じゃあ、こいつ教室に連れてってやって」
「判りました。YAHO行きましょう。同じクラスなんですよ」
 美形のクラスメートに促され、熊が歩き出す。角を曲がったところで、ひょいと出てきたでかい物にぶつかった。
「うぎゅっ」
「おっとと……なんだ?熊が何でこんなとこに?」
 呆れた声に顔を上げると、黒い壁が見える。
 いや、どうやら人の体らしい。
 さらにうんと顔を天井に向けると、にやにやと見下ろしている茶色の目に行き着いた。
「シオンか?」
「喋る熊たぁ、朝っぱらから珍しいもんが見れるなぁ」
 楽しげに笑う端正な顔に、無言のアッパーカットが繰り出される。
「おわっ……ったく……嬢ちゃん以上に手癖が悪ぃなぁ。相変わらず」 
 難なく避けてさらに笑う。
 熊も鼻でせせら笑った。
「やかましいわ。てめえなんぞに良い顔できるかいな」
 実に物騒な会話であるが、それを眺めるシルフィスは、一向に動じる事は無い。むしろくすくすと笑い出した。
「相変わらずですね、二人とも」
「ああ、この化け物熊、まだ生きてたんだな」
「こっちの台詞じゃ、木偶の棒」
 ガラの悪い会話の応酬に、熊がふと思い出したように頷く。
「そうそう、滉がな、また酒盛りしようってさ」
 途端に、シオンは満面の笑みを浮かべた。
「いいね〜ひっさしぶりだ。良い酒あるんだよな、お前さん家。ダフネの手料理も楽しみだ」
「この前みたいに、ダフネの尻撫でるなよ」
「良い女なのにな〜亭主持ちなのがもったいないぜ」
 切れた滉とシオンの乱闘を思い出して、熊はため息とともに首を振る。
「魅羅にブランデー飲ませてキス攻撃受けるのもいいかもな〜」
「言ってろ、でんでんむし」
 居候その四の酒癖を思い出し、にまにまとする男に、熊はほとほと呆れ果てて歩き出した。
「じゃあ、滉によろしくな」
 後ろから浴びせられる声に、片手だけで返事にする。慌てて追いかけてきたシルフィスに、熊はため息混じりに首を振った。
「あんなのが教師か……」
「いえ、シオン様は生徒です」
 シルフィスの答えに、熊が目を剥いた。
「え゛?」
「なんでも、思うところがおありのようで……」
 困ったような返答に、熊はまたも嘆息する。
「あいつ幾つや……大方、教師と生徒じゃ恋愛ご法度だからとか抜かしたんやろ?」
「ええ、まあ……」
「まあ、わしも人のこと言えた義理やないな……ほな、行こか……」

 さて、新学期ともなれば、まずクラスの全員に自分を紹介する、自己紹介、なる行事があるらしい。
 椅子に座って、隣でにっこりしているアイシュにそれを聞いた熊は、実に嫌そうに眉を寄せた。
「……パス」
「だめですよ〜みなさんするんですから〜」
 実に優等生な言葉に、熊は机に突っ伏した。
「わし、寝る。アイシュ、代わりにやったって」
「そんな〜駄目ですってば〜」
 ほえほえと間延びしつつも譲らない瓶底眼鏡を睨みつけ、熊はどうしたもんかと唸りだした。
 その姿は、冬眠から覚めて、空腹に気が立っている熊そのもので、アイシュは少し怖いかな?と、やはりのんびり考えていた。
 担任のレーティスがやってくると、そのうっとうしい(熊主観)作業が始まった。
 総じてみな卒の無い紹介をしていく中、ギリギリで駆け込んできていた女性徒が、座った途端にお腹を鳴らし、全員が失笑してしまう微笑ましい場面もあったが、最後の熊の段階で、しばしの沈黙が流れる。
熊は席から立ちもせず、微動だにしない。
 軽く俯いて、机を見詰めているようだ。
「あの〜YAHOの番ですよ〜」
 見かねたアイシュが、熊に囁く。
 しかし返答は無い
「YAHO?」
「くーーーーーーーー」
 熊は居眠りこいていた。
「YAHO〜起きてください〜自己紹介ですよ〜〜」
 ゆさゆさと肩をゆすると、コールドスリープの揺り返しに入りかけていた熊は、ぼんやりと目を開く。
「あ〜やっと起きましたね〜貴方の番ですよ〜」
 ほっとして微笑むアイシュに、熊はもそもそと立ち上がった。
「YAHOや、よろしく。わしのことは……こいつに聞いたって」
 不意にアイシュに指を突きつけ、熊はすとんと腰をおろすと、瞬時に眠りの中に舞い戻った。
 世にも無責任な自己紹介に、クラス全員があっけに取られている中、熊は惰眠を貪っていた。


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