今はもういない貴方へ



 木漏れ日に隠れるように、その白い墓石はある。
 ここを知っているのは、私を含めて、もう三人ぐらいしかいないだろう。
 常に白い霞草に埋もれているのだけが、唯一心を慰めてくれる。
 こんな木立の中にひっそりと、言葉通り隠されている君・・・
 今年も、来たよ。

 誰にも告げず、抜け道すら使って、私は君に会いに来る。
 本当に辛くなった時、誰に何が言えるわけではない憤りの時も、ここに来てしまうね。
 君は何時も、私の愚痴を聞いてくれる。
 常に私を支え、背中を押し続けているあの親友にすら言えない弱音も、君になら云えるから。
 でも今日は、毎年の特別な日。
 私が君に懺悔する日だ。

 銘を記されぬ小さな墓石。
 艶やかな、ただ磨かれているだけの碑面。
 私は、深く頭を垂れて詫びる。
 なぜなら今日は、ここに刻まれるべき名を、私が奪った日なのだから。
 そう。本当なら、碑面にはこう記されていなくてはならない。
『セイリオス・アル・サークリッド ここに眠る』

 不思議なものだ。
 本来なら、絶対に重ならない筈の、君と私の生涯。
 それは今では絡み合い、決して解く事などできはしない。
 君が存命ならば、私は生まれそのままにただの平凡な男で、君の臣民としての一生を迎えていたのかもしれない。
 それなのに、今、君の振りをして、私が生きている。
 君の名を名乗り、君が受けるべき敬意を払われ、君が進むべきだった道を歩く。
 君に、体と命が無いように、私には、持つべき名前と人生が無い。
 お互いが、人としての大事なものを無くしている。
 私達は、もう、二人で一人なのかもしれないね。
 こんな事を私が思うのは、盗人猛々しいと怒るかい?
 君から全てを奪い、いけ洒々としている私を、もしかしたら、苦く思っているのかもしれないね。
 それでも、私は、君として生きることを選んだ。
 選ばざるをえなかったのだろう?
 そうかな?
 そう思うかい?
 君は優しいね。
 いいや、やはり私は選んだのだよ。
 もう、周りのものに押し上げられ、ただ流されるだけの子供ではない。
 育ってきた環境の、延長として、状況を受け入れ、享受し続けているのではない。
 クラインの次代を担う為に、この国を背負い、生き続けて行く道を、私自身が選んだのだ。
 偽りの王子が、偽りの仮面のまま、本当の王になろうと、思う。
 酷いだろう?
 確信犯の簒奪者だ。

 こうして開き直るまでは、どうしょうもなくなった事もある。
 一時期は、酷い有り様だったね。
 民を偽る慙愧。簒奪への恐れ。本当の自分ではない憤り。朋の期待の重さ。押さえつけるしか術の無い、恋への苦しさ。
 それらすべてがのしかかり、自分で命を縮めるかのような真似もした。
 あいつと彼女が支えてくれなかったら、私は今頃、何になっていたのだろうね。
 思い出すにつけ、ぞっとするよ。
 そして、支えてくれた二人に、感謝をしたい。
 でもね、それだけ大切な二人の前ででも、私は強く、立って見せねばならないと思っている。
 王と成る為には、敢えて、そうせねば成らないと思っている。
 だから私はここに来るんだ。

 私は君に成り代わり、君の人生を生きる。
 そんな私を、見守っていて欲しい。
 君にだけは、どんな事でも云えるから、どんな弱音も吐けるから。
 王と成る私を、本当に理解できると思うのは、もう一人の私である、君だけだと思うから。
 多分、一生、君に甘えつづけるだろうね。
 迷惑かも知れないが、許して欲しい。
 ほんの僅かでも、こうして全てを吐き出せば、私はまた、強く立てる。
 前を見て進んでいける。そう思う。
 だから、よろしく頼む。

 ああ、もう日が暮れる。
 みんなが心配しているだろう。
 帰らねばな・・・

 では、また、来るよ。

              了