昼下がりの・・・
今日の礼拝は随分時間が掛かってしまったわ。
貴方、待ちくたびれているんじゃないかしら?
早くしないと時間がきてしまうわね。
急がないと……
神殿の裏、何時もの林へ……居ない?
待ち草臥れて帰ってしまったのかしら……
でもそれなら、必ず合図が残してあるはず。
貴方が黙って、帰ってしまうはずがないから……
あら?
・ ・・まあ……
こんなところで転寝だなんて……
疲れているのね。
やっと騎士の称号を手に入れたといっても、訓練はまだまだ激しいのでしょうね。
貴方の尊敬するあの大尉は、とても厳しい人だから。
さあ、そんな木の根元では痛いでしょう?
私の膝で、お眠りなさい……
梢が揺れる度に、木漏れ日は角度をかえて、貴方と私に降り注いでくるわ。
銀の髪が、日に透けてきらきらと輝いている。
なんて綺麗。
何時もは元気いっぱいで、そのくせ一人前の振りをして、背伸びしているけれど。
こうして眠っている姿は、本当に、こどもそのものね。
思わず笑ってしまうわ。
ごめんなさいね。貴方が、可愛らしくて……愛しくて……止まらない。
私の事を、少しでも知っている人が見たら、きっと驚くでしょうね。
そう、白鴉としての私を知っているなら……
まだほんの少年の貴方と、こんなにも穏やかに微笑む私が居るなんて。
以前なら、想像すらできないこと。
ねえ貴方、判っていて?
貴方には当たり前の事でも、本当は特別なんだって事を……
今の私は、すべてが貴方の為だけに回っているのよ。
ねえ、本当にわかっていて?
はじめは、駆け回る仔犬のようだと思っていた・・・
元気良く、真っ直ぐな瞳で前だけを見て、走ってゆく。
日のあたる場所で、その光を全身に受けて、ただ只管に無垢で、幼く、未熟で弱い。
生きる価値の無い、弱い者…
ただそれだけの存在だと、思っていたはずなのに・・・
弱い者、未熟な者は生きている価値すらない。
それでも立ち向かってくる、身の程知らずには、死を与える事こそ慈悲だと思っていたわ。
そんな私の頑迷な殻を打ち砕いたのは、女神の使いとも言える人だった……
神官エルディーアとして仮面を被り、ダリスの密名を受けて、この国に潜んでいた私の正体を見破り、そのくせ私を捕えもせずに、この国で、心穏やかに暮らせと言ってくれた。
美しい女神の使い。
でもあの時は、こんな日が私に訪れるなんて、思いもしなかった……
今日は暖かいわね。
むしろ、木陰やそよ風が涼しくて、気持ちがいいわ。
もうすっかり春なのね。
貴方には陽だまりが良く似合う。
暖かで、優しくて、そして、強い。
冬の闇に凍てついていた、私の心を貴方が解かしてくれた。
すごい事なのよ。
氷の女とまで言われていた私を、日向水にしてしまったんですもの。
どうしようもないわね、私。
そう……どうしようもない女……
そもそもの始まりがそうだったわ……
女神の使いが、恋人とこの街を去った時。
私の心はまた行き場を失った。
だから、白状するわね。
貴方に優しくしたのは、ほんの悪戯。
私を置いていってしまった、あの人の友人だった貴方に、私は恋の罠を仕掛けた……
寂しくて、やりきれなくて。
あの人への意趣返しだったのかも知れないわ。
女の事を教えてあげる、なんて言って。貴方を弄んだ。
でもね、気がついたら、心を捕らわれていたのは私だった。
貴方の真っ直ぐな瞳に。その視線の先に居続けるのを望んでいる自分を見つけてしまった。
驚いたわ。
そして慌てた。
だって、そんな女は私ではないような気がしたんですもの。
だから、業と嫌われようと、そして貴方に裁いて欲しくて、すべてを明かした時。
貴方、何も言わずに抱きしめてくれた……
悪女ぶって、尊大な態度を取っていたのに、私が震えている事判っていた。
まだ私より小さいくせに、精一杯背伸びして、ずっと抱きしめてくれた……
不思議ね。
まだすべてが華奢で、幼くて頼り無いのに、貴方の腕を、暖かな胸を、逞しいと感じたわ。
貴方の腕の中で、心から安心している自分が居た。
だから決めたの。
私のすべてを、貴方にあげる。
今まで私が培ってきた、戦う技術も知識も、あらゆる技も。そして心も。命だって、みんな貴方にあげる。
貴方を騎士として、一人前の……いいえ、名を残すぐらいの男にしてあげる。
それこそが、私の成すべき事。
私達は、まだ夜明け前の薄闇の中で、まどろんでいるのだと思うわ。
でもいつか、夜明けは来る。夢は醒める。
時間を止めて、ずっと腕の中で眠っていて欲しい。
でも、貴方の背には翼があるわ。
私は、大空へと羽ばたく貴方に、付いていくことはできないでしょうね。
闇の中で生きてきた女だから、あまりにも穢れている女だから。
貴方は私から自由と力を学び取り、明日へと羽ばたく。
それはそう遠くない未来……
朝の光の中へ進んでいく貴方の側には、きっと光の似合う人が寄り添うのかも知れないわ。
それを見るのは辛いでしょうね。
私は消えていくしかできない。
それでも良いの……
私は、踏み石。
貴方を明日へと進ませる事こそが、私の使命。
闇の中で、罪を重ねてきた私の、これが贖罪。
貴方がこの腕の中から飛び立っていくその日まで、貴方に私のすべてを注ぎ込むわ。
だから、それまで、側にいさせてね……
あら、鐘が鳴り始めたわ。
もうもどる時間ね。
さあ起きて。私と会っていたから、門限に遅れたなんて事はさせられないわ。
そっと肩を揺すると、貴方はぼんやりと目をあける。
知ってる?
貴方の金の瞳が、私を見て微笑んでくれる時、私がどれほど幸せな気持ちになるのか。
そして貴方は、男らしく変わり始めた声で、私を呼んでくれる。
「ノーチェ」
愛しているわ、ガゼル。
FIN
言い訳
題名「個人授業」にしようかとも思ったんですが……
果たしてこの二人幾つ離れているんだろう……(^◇^;)
BGMは「残酷な天使のテーゼ」
女神なんてなれないままノーチェは生きるのです。
それにしても、メイプルシロップでんな……