花影
初夏の日差しは、冷たい墓石ですら暖めるようだ。
彼の人の好きだった花を持ち、墓石に臨むのは毎年の例。
心の奥に眠る想いを、確認するかのように行(ってきた墓参は、おそらく生涯変わることなく続けていくに違いない。
一つ思い決めれば、それを易々と変えられるほど、自分は器用ではないから、こうして彼の人の身罷った日に、墓石へと向う。
「姫、今年も参りました」
花を供え、そっと跪く。
白い墓石を見詰め、常に無く穏やかに凪いだ心でいる自分を不思議に思い、また反面納得もする。
それはそのまま穏やかな微笑みとなる。
「……貴女の優しさの御蔭で、私はこうしていられます……」
時の経過とは、不思議なものだ。どれほどの激情も、慟哭も、時とともに和らぎ、静まっていく。決して消えることは無くとも、それはもはや、心を掻き立てるものではない。
ただ穏やかな微笑を浮かべる彼の人が、胸の奥で頷く。
時が癒す。
以前散々聞かされた言葉。
己の想いに執着し、その想いを肯定することに躍起になっていたあの頃。この言葉を聞く度に反発した。この想いが消える筈が無いと……
実のところ、今でも癒されたとは思っていない。
そもそも、傷ついてなどいないのだ。
自分の幼い想いを、闇雲にぶつけて傷つけた人ならいる。それを罪と思い、戒めの誓いとした。
「私をお許しくださったとき、こう仰いましたね・・・『真実自分を思うのならば、人として幸せになって欲しい』・・・酷な願いだと苦く思いもしました」
幼く我侭な想いの暴走。
返りはしない返答への憤り。
本当は何もかも判っていた筈なのに、執着を捨てられず、自分で目隠しをしていた心。
わが身を見直し、こうして穏やかに墓石を見ることができるまで、10年以上かかった。
優しすぎた彼の人は、今でもそんな自分を案じてくれるのだろうか?
「貴女には、ご心配ばかりおかけしました……」
こんな男を、最後の最後まで気にかけてくれた、彼の人の優しさが、今は懐かしく暖かい。
「もう、安心していただけると思います」
ふと、勤めて思い出すまいとしていた面影が脳裏を掠め、僅かに苦笑が漏れた。
時は、やはり癒したのかも知れない、自分の頑なさを。
思い直して、咄嗟に消そうとした面影を、改めて心の中心に据える。
誰よりも、一番初めに聞いて欲しかった。
この想いを、この墓の主に。
「また来年参ります。できれば、妻と共に……」
喜んでいただけますか?心の中で付け加える。
ふと風が変わり、墓石にかかる木漏れ日が揺れる。
柔らかな石の輝きは、彼の人の微笑を思わせた。
END