そりゃあさ、あたしだって無理があるとは思ったのよ。
ファイアーボールでクッキー焼こうなんてさ。
だってねえ、材料は調達できたものの、魔法院の厨房は立ち入り禁止だし (理由は聞かないで) 王宮の厨房は、料理長が睨むし、キールん家は、アイシュが泣くし。(やっはり理由は聞かないで)
騎士団も考えたけど、あそこだと焼いたらあっという間に無くなりそうでさ、ちょっとパス。
だから、オーブンの当てが無かったのよ。
でも、一応、防火体制は整えて (横にバケツ置いたし) レンガを拾ってきて、部屋の隅に竈を組み上げもしたし、火の付きそうなものは全部除けたのよ。
もともと倉庫なあたしの部屋は、壁も床も石とレンガ剥き出しで、殺風景で頑丈なのだけが取り柄だから、ま、何とかなるって思ったんだわ。
だってね、だってね、そうしないと今月すっからかんでおやつも無いのよ。しょうがないよね?そう思うでしょ?
それに……この間、あいつに自慢しちゃったしさ、クッキーには自信があるって。そしたら食べるなんていうからさ、焦るでしょ?乙女心としては。
まあ、そんなこんなで、がんばったのよ、あたし。
まず、竈に生地を載せた天板セットして、次に小さく小さくしたファイアーボールをソフトに柔らか〜くぶつける。これでしっかり組んだレンガが焼けて、その熱でクッキーが焼ける予定だったりするの。ほら、こっちは電動のオーブンなんてないでしょ?勿論ガスもないし。オーブンって言っても、薪とかで竈を焼いて熾きを掻き出した余熱で焼くのよ。
つまり、はじめから竈自体を焼いちゃえば、そのまんまオーブンになるっていう寸法。
……だったんだけどさ。
ファイアーボールをぶつける時、ほんの少し力が入ってさ、ちょ〜っち勢い良く飛んでったんだわ。
あはははは……
結果は、今現在のこの部屋。
レンガは切れのいいあたしのスラッガーに耐え切れず、急ごしらえの竈は灼熱の塊になって爆発したみたいに弾け飛んだ。
部屋中に。
クッキーになるはずだったものは消し炭、ベッドや箪笥が壊れなかったのは不幸中の幸いかな……まあ、あちこち焦げたし、消火に呼び出した水でびちゃびちゃだけど。
そしてドアは……
「お〜すっげぇな、こりゃ」
焼け崩れ焦げたドアの残骸によっかかって、入り口をほぼ塞ぐみたいに立ったでかい影から、実に嫌味な声がした。
キールの怒鳴り声も嫌だけどさ、こいつのこの声もむかつくわよね。
「何の用よ」
そっぽ向いて一応返事。無視しても良いけど、その場合何時までも何かいい続けるだろうから。
「いんや、ちょっと通りかかっただけ」
じゃあくんな……
「そのまま通り過ぎてって」
「おいおい、つれねえな」
うっさい……
「今あんたと漫才する気ないの」
「まあまあ、硬いこと言いなさんなって」
何が硬いのよ。
「それにしても派手にやったもんだな」
「ほっといてよ」
どーせこの後キールが来てぎゃんぎゃん怒鳴るんだから、少しでも一人で居たいの。
「気にすんなって」
あのねえ、ずかずか入ってこないでよ。
「出てけ……」
あたしの声なんて聞こえない振りで、部屋の中をしげしげ眺めているのは嫌味?
「いつもながら、此処まで破壊されてると爽快だな」
くそ〜楽しまれてる。こんな奴にクッキーつくろうなんて思わなきゃ良かった。
……って、床に転がった消し炭を拾い上げて……ええっ!?
「うん、焦げてなきゃ美味いんだろうな」
墨になったクッキーの残骸を食べながら、にやりと笑ってウィンクなんて……
「次、楽しみにしとくぜ」
この女っ誑し!顔が赤くなって、頭が熱くなって、何がなにやらわかんなくなって、気がついたらファイボールを叩きつけてた。
「あぶねぇあぶねぇ」
更に破壊の進んだ部屋から、身軽に逃げて出て、またドアに寄っかかってにやりと笑う。
勿論その顔に、もう一発お見舞いしてやったけど、逃げられたわ。
廃墟になった部屋の中、赤い顔をどーしょうかと思いながら、走ってくるキールの足音を聞いていた。
今度は、もうちょっとまともなものを食べさせたいって思いながら……
ねえ、あたし、どこか変?
fin
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