Rival-sect-2
シオンとディアーナの激化する攻防戦の影で、セイリオスは着々と芽衣懐柔計画を進めていた。
うっかり口を滑らせたアイシュから聞き出した二人の反応は・・・
「さすがですわお兄様♪これでわたくしと芽衣は姉妹になるんですのね♪」
「冗談じゃね〜ぞ、セイルの奴。トンビに油揚げさらわれてたまるか」
 脱兎のごとく駆け出したシオン。目指すは後宮の抜け道である。
セイリオスは、メイを連れて、そこからお忍びに出るに違いない。
「させませんわ」
 ディアーナは、どこからともなくバズーカ砲を取り出した。
「投網砲。照準セツト、発射!!」
 ばっとシオンの頭上に広がるかすみ網。しかし、シオンは風魔法で切り裂く。
「へっ遅いぜ姫さん」
 嘲るシオンに地団太を踏むが、いかんせん、ディアーナのスピードではシオンに追いつけない。
 ディアーナは通信機を引っ張り出した。
「メイド部隊、展開せよ。マーケットガーデン作戦開始」
 王宮メイド部隊は、室内での戦闘に於いては、近衛騎士団よりも頼りになると、
密かに言われているほどの手練揃いである。
しかも、ディアーナ揮下のメイド小隊(メイドプラトゥーン)は、その中でも特に選りすぐった精鋭によって構成されている。
 彼女達は、ディアーナに忠誠を誓っており、王女の指揮のもと、一糸乱れぬ戦い振りを示すのだ。
「了解」
 小隊長を務めるメイド頭は、直ちに配下の斥候班を走らせる。
『目標、政務棟を進行中』
『数人の文官が弾き飛ばされました』
『まもなく、後宮への渡り廊下を通過します』
 策敵(さくてき)報告が次々と入ってくる。メイド頭は、その間に、迎撃体制を整えた。
 まず、渡り廊下には強力な雷系魔法による高圧電流を流した簡易鉄条網が張り巡らされ、目標の足止めを図る。更に、渡り廊下の二階張り出し部分に、水瓶と投網を構えた投下部隊が待ち構え、後宮最上階のバルコニーからは、象でも眠るほどの麻酔弾を装填したM-16を構えたスナイパーが狙いを定めている。もし、庭に逃げられたとしても、スナイパーは決して逃しはしないだろう。
 さらに、後宮の皇太子私室への廊下には、三段階の迎撃部隊を配置してある。
 メイド頭は呟いた。
「シオン様、皇太子殿下の元には、決して渡らせませんわ…」


 魔導士の剣幕に怯えて、おたおたと逃げ回る文官達を蹴散らして、シオンが渡り廊下に差し掛かる。
 中庭を望む吹き抜けになった渡り廊下。その最奥にある後宮への扉の前に、無骨な鉄条網が張り巡らされているのが目に入った。
「ちっ」
 小さく舌打ちしつつも、そのスピードは緩めず、瞬時に状況を分析し、応戦の呪文を組み立てる。 
 廊下に足を踏み入れた途端、頭上から、大量の水と、投網が降ってきた。
「甘いぜ」
 再び風魔法が網を切り裂く。しかし、水は廊下全体に撒き散らされ、それが鉄条網に接触し、床全体に高圧電流が流される結果となった。
 さしもの筆頭魔導士も、感電して気を失う他は無い。
 だが、シオンは、次々と投下される網を切り裂きながら、そのまま駆け続ける。投下部隊は目を見張った。電流すらものともしないとは、噂に違わぬ化け物か?  いや、そうではない。筆頭魔導士の足が下ろされる部分だけ、瞬時に乾いた床面が現れる。そう、彼を取り巻く風が、電流の流れる水を排除しているのである。ある意味、本当の化け物らしい。  足を止めずに、シオンの唱える呪文が変わる。
 水が動いた。
 床一面に撒き散らされて水が、まるで意志を持つかのように集まり、鉄条網へ襲い掛かる。
「ウギャー!!」
 柱の影で悲鳴が上がった。
 鉄条網に雷系魔法をかけていた魔導士が、感電してひっくり返る。
「だから、甘いっつーたんだよ」
 言い捨て、シオンは鉄条網を飛び越えた。
 チュイン!!
 足元に何かが跳ね返る。スナイパーの放った弾丸だった。
 魔導士の肩を狙ったそれが、風の防壁に阻まれて横に逸れたのである。
「甘い上に無駄だぜ」
 せせら笑う筆頭魔導士の姿を、スナイパーは怨嗟<(えんさ)の目で睨み付けた。だが、すべての弾丸は、長身の男に掠りさえしなかった。
 扉にたどり着き、手をかけようとして止める。
「風よ…」
 突風が扉を襲い、内側で(かんぬき)をかけられた扉は、その圧力に負けてはじけ飛ぶ。
「キャー」
「あれー」
 扉の向こうでモップを構えていた待伏せのメイド達も、扉と共に飛ばされた。
「こんなこったろうと思った」
 自分の読みに満足しながら、魔導士が走り抜ける。


「くっ…まだまだですわよ、シオン」 
 よたよたとシオンを追うディアーナは、死屍累々の渡り廊下を見て歯噛みをした。しかし、王女はメイドプラトゥーンへの強い信頼を捨てはしない。
「作戦名が悪いのかしら?やはりバルジ作戦の方が良かったですかしら…?」
 苦しい息の下で一人ごちる。
 (しかし、ディアーナは間違っている。聞きかじりのメイの世界の有名な作戦名は、どちらも失敗に終わっているのだ。この場合はD-DAYの方が縁起は良い)


『目標接近!第四段階発動。パラシュート部隊展開せよ』
 メイド頭の指令が飛ぶ。
 大廊下に差しかったシオンの頭上から、あられもない悲鳴が降ってきた。
「あれぇぇぇ〜〜〜!!」
 咄嗟に上を見ると、なんと頭上からメイドが降ってくる。長いスカートは丸く膨らみ、あたかもパラシュートの如し。メイド部隊の捨て身作戦である。
 身についたフェミニストの本能で、落ちてくるメイドを受け止める。
「シオン様ありがとうございます
「あ〜判った判った。だから、放せ」
 礼を言いつつ首に絡み付いてくるメイドを慌てて引き剥がそうとする。しかし、メイドはいやいやをして、さらにしがみつく。
 彼女の使命は、ここでシオンを足止めすることなのだ。
 まあ、名高い色男に抱きついているのだから、かなりの役得ではある。
「怖かったですぅ〜。シオン様ぁ〜♪」
 科を作って腕の中でのたくるメイドをどうにか引き剥がし、さらに走り出す。
 再び悲鳴が降ってくる。
「キヤアー〜〜〜
 シオンは風魔法を唱えた。
 突風がつむじ風となり、メイドを受け止めて廊下に下ろす。
 見れば大廊下の天井付近には、深部に向かって点々とメイドが潜んでいるらしい。
「信じらんねぇ、ここまでするか…?」 
 呆れたように吐き捨て、呪文を組み立てると、大廊下の天井部にいくつもの小竜巻が巻き起こる。
「キヤー」
「いヤーン」
「あれぇぇ」
 黄色い悲鳴を巻き込んで、竜巻はメイド達を床に下ろしていく。その間をシオンは駆け抜ける。
 風に翻弄されたパラシュート部隊が我に返った時、既に筆頭魔導士の姿は、皇太子の私室へ繋がる廊下に消えていた。
「はぁ…はぁ…し・・しくじりましたのね」
 そこに、だいぶ息を切らした第二王女が、よたよたと現れた。
「申し訳ございません」
「仕方ありませんわ。みんな、怪我はありませんか?」
 優しく声をかける女主(おんなあるじ)に、メイド達の目は潤む。
「はい、姫様」
「女に怪我を負わせないとは、さすがシオンですわ。悔しいですけど、堂に入ったものですわね」
 言いつつディアーナは再び走り出した。
「最後の防衛線が心配ですわ。参りますわね」
「姫様、これを」
「ありがとうですわ」
 メイドの一人が差し出したM1929カービン(7.92o)を受け取り、ディアーナは歩くよりは幾分早いだけのスピードで走っていく。
 その後姿に、メイド達は頼もしげな視線を送っていた。


 最終防衛ラインは、雑巾&モップ部隊によって固められている。
 ただのモップと思う無かれ。それを繰るメイド達は、武芸百般に秀でた実戦部隊である。棒術に長けたメイドの繰り出す攻撃は、狭い足場を巧みに使い、喩え正騎士であっても苦戦する。
 それに加えて、雑巾部隊が足元を(すく)い絡め取る。
 上下に分かれた二段階攻撃は、そのチームワークとあいまって、鉄壁の守りといえた。
 だがそこに駆け込んできたのは、人の皮を被った化け物である。しかも、数々の妨害により、かなり焦り、かすり傷も負ってはいないが、手負いの獣並に気が立っている。
 燐光を放つが如き琥珀の瞳が、モップ部隊の後方、皇太子の私室の扉に注がれる。そして、その視線は、待ち構えるメイド達へギロリと流された。
「どけ…」
 地獄の底から響くような威嚇の声に、メイド達は戦慄を覚える。
 しかし、ここで怯んでは、王宮最強と賞されるメイドプラトゥーンの名が(すた)る。作戦は敢行された。
「タアー!!」
「テャー」
 裂帛(れっぱく)の気合と共に、数本のモップが襲い掛かる。
「はい!はい!はい!」
 モップを繰り出すメイドの後ろから、妖怪脛擦(すねこす)りのように雑巾部隊が足を狙う。
「どけっつってんだろうが!」
 シオンの声音に怒気が混じった。
 正面から降りかかるモップを掴み取り、逆手に捻って奪い取ると、左右のモップを篭手を叩いて弾き飛ばす。そしてそのままモップを床に突き立て、足場に見立てて柄を踏むと、優雅な動作で長身が宙に舞う。モップ部隊は腕を抑えて蹲り、雑巾部隊は目標を失って折り重なってひっくり返った。さらに、後方に控えるメイド達に、風魔法の戒めが絡みつく。
 黄色い悲鳴が廊下に木霊した。
 普段はスチャラカな生活を送っていても、かつては幾多の戦場に首を突っ込み、生き延びてきた歴戦の戦士でもある筆頭魔導士の、昔取った杵柄(きねずか)は半端なものではなかったのである。
「まだやるってんなら、本気で容赦しねぇぞ…」
 今度こそ、低い怒声に恐怖が湧きあがった。
 そそくさと逃げ出すメイドの後姿に、苦々しくため息をついた時、外の騒がしさをいぶかしんだ皇太子が私室のドアを開けた。
「あれ?シオン。どしたの?」
 セイリオスの後ろから、メイが能天気な声を出す。
 間に合った。
 ほう、と息を抜いた筆頭魔導士の背後から、細い腕が絡みつく。
「シオン様、お話がありますの」
 最後の伏兵。メイド頭の攻撃である。
 黒髪に緑の瞳をした妖艶なメイドに絡みつかれるシオンを見て、メイの顔が曇る。ついでに皇太子の顔も曇っていたが、シオンの眼中には入って無かった。
「嬢ちゃん、これは違うって!」
 慌ててメイド頭を引き剥がすシオンに、メイの冷たい視線が遣される。
「お楽しみだったんだ。お邪魔しました。殿下、そろそろ行こっか?」
「ああ、そうだね」
 ふと見れば、セイリオスの姿は、街中の兄ちゃんといった、お忍びスタイルである。そう、これから二人はアイスクリーム屋にでも繰り出すのだろう。
 抜け道に向かうべく扉を閉めようとするメイの後姿に、シオンは初めて大きな声を出した。
「メイ!!」
 ありったけの想いが込められた叫びに、メイの背がぴくんと揺れる。
 そろりと振り返る茶水晶の瞳が、真摯な光を宿した琥珀の視線と絡み合う。
 沈黙があたりを包んだ。
 ピンとはった糸のような緊張に、さしものメイド頭も動くこともできず、また、皇太子も口を挟む事ができなかった。
「あ〜…っと…」 
 考え考え、メイはセイリオスを見上げる。
「殿下…なんか、シオンが話しあるみたいだから、また…にして、良いかな?」
 すまなそうに話す少女に、皇太子は軽い落胆を覚えた。
「仕方ないね、今日は諦めるよ」
「ごめんね…」
 にっこりと笑みを浮かべて謝るメイに、セイリオスが微笑み返す。
「次を楽しみにしているよ」
 メイは、皇太子の傍から、ひどくゆっくりとシオンの元へ歩み寄った。
 勝気な瞳が、まっすぐに筆頭魔導士を見上げる。
「来たわよ。何?」
 相変わらずの強気な態度に、シオンは何時になく優しい笑みを浮かべた。
 端正な顔に浮かぶ、掛け値無しの笑みに、少女の頬が染まる。
「あのな、メイ…」
 この際すべての想いを打ち明けよう。
 柄にも無く真摯な気持ちで口を開きかけたシオンの背後で、パン、という乾いた音がした。
 背中に激痛が走り、同時に視界が翳む。
「なんだ…?」
 長身がぐらりと揺れ、そのまま前のめりに倒れこむ。
「シオン!!」
 メイの悲鳴が自分を呼ぶ。だが、答える間も無く、シオンの意識は闇の中に落ちていった。
「シオン!!どうしたのシオン!?」
 床に突っ伏した筆頭魔導士と、少女の悲鳴に驚いた皇太子が、二人の傍に駆け寄った。
「シオン、どうしたのだ!?」
 肩を抱き上げ覗き込む皇太子。滅多に動じぬ皇太子が、親友の異変に驚愕する。
「シオン!!」
「クーーー」
 必死の呼びかけに、寝息が答えた。
「くぅ〜?」
 気が抜けたようにメイが呟く。  シオンは熟睡していた。  ふと見れば、足元に小さな針の付いた弾丸が転がっている。セイリオスはそっとそれを摘み上げた。
「麻酔弾だ…」
 眉を寄せる二人に、ディアーナの声が飛んでくる。
「メイ、無事でしたのね!!」
 ぜいぜいと息を切らせ、菫色の大きな瞳には、涙が浮かんでいる。
「ディアーナ、どうしたの?」
 親友の只ならぬ様子に驚いたメイは、慌てて王女に駆け寄った。
 ロイヤルスマイルよりもさらに深い笑みを浮かべて、ディアーナが首を振る。
「何でもありませんの、メイが心配だっただけですわ」
 言いつつもぽろぽろと涙をこぼす。メイは心配そうに親友を覗き込んだ。
「本当に大丈夫?ディアーナ。どこか痛いの?」
「走ってきたので、少し胸が痛いだけですの。休めば楽になりますわ
 乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負。可愛さ爆発である。
 保護欲の強い少女は、うんうんと頷いた。
「そうだね、部屋で休めば良いよ」
「メイは来て下さいます?お茶をご一緒しましょう。アイシュのケーキもありますのよ」
 最強の撒き餌に、茶色の鯉は食いついた。
「ほんと〜?いくいく♪」
 もはや、眠るシオンは、メイの頭から消えていた。
「では参りましょう。お兄様も如何ですこと?」
 妹の誘いに、皇太子は図らずも自分の膝で爆睡している魔導士を見下ろした。
「そうだね…ここの後始末をしたらお邪魔するよ」
 王女はにっこりと頷いた。
「お待ちしていますわ」
「じゃ、後でね、殿下」
 いそいそと歩み去る親友達の後姿を見送って、さらにちらりと、M1929カービンを抱えたメイドが隠れている柱の影を見る。
 彼にはすべて読めていた。
 最後の防衛線を突破したシオンが、目的を達成する寸前に、ディアーナの放った麻酔弾によって眠らされたことを…
 政務棟からの驀進による肉体疲労と、数々の障害を容赦なく排除してきた魔力の消耗、さらに、メイを目の前にして生じた安堵感からの気力の減少により、シオンは麻酔薬の魔手に対抗できなかったらしい。
 小さくため息をつくと、傍で立ち尽くしていたメイド頭に視線を向ける。
「報告を」
 親友に膝を貸すという、どちらかというと間抜けな姿ながら、その威厳にあふれる声音に、メイド頭は即座に報告書を差し出した。
「これが今回の被害状況です」
 激戦のさなか、既に文書が作成されているのは、彼女の有能さの表れである。
「ふむ…毎回被害が大きくなるな…」
 冷静に文書に目を通す皇太子の膝に頭を預け、筆頭魔導士はどんな夢を見ているものか、薄い微笑を浮かべていた。


 太陽の笑顔を持つ異界の少女を巡る、筆頭魔導士と王女の攻防戦は、今のところ、王女が優勢なようである。

END


言い訳&用語解説
すみません(^◇^;)
シオンに容赦の無い上に、読む人にも容赦が無いです。
で、ささやかながら解説。
マーケットガーデン作戦=第二次大戦中、連合国軍が敢行したちょっと行き当たりばったりの作戦。ドイツ軍のかなり奥にパラシュート部隊が降下し孤立。結局主力がライン川を越えられず失敗。映画「遠すぎた橋」に描かれる。
バルジ作戦=敗戦色の濃いナチスドイツが、最後の大勝負に出た作戦。「バルジ」とは突出した角という意味。連合国軍に一泡吹かせたものの、結局失敗。映画「バルジ大作戦」として描かれている。(この時、ナチスに一時包囲された部隊の司令官、マッコーリフ大佐が、ナチスの降伏勧告に対して「馬鹿め」と答えた。宇宙戦艦ヤマト第一話の沖田艦長の台詞はこれがモデル)
D-DAY=これはノルマンディー上陸作戦の事。これによって連合国軍はドイツの背後を突き、ナチスドイツの驀進に待ったをかけた、成功作戦。映画「史上最大の作戦」および「プライベートライアン」などで描かれている。
M-16=別名AR-15.傑作と名高いライフル銃。
M1929カービン=別名K-29第二次戦争中。ポーランド軍が制式にしていた歩兵用ショートライフル。軽く、取り回しが楽。(ただし、どちらの銃も、本当は麻酔弾は打てません(^◇^;)
妖怪脛擦り=夜の道を歩いていて、猫のようなものが足元にすりついてくるので驚くと、それはコケてひっくり返る。意味は無く、ただそれだけの妖怪。
ついでに、参考文献。「ゴジラ対自衛隊」
BGMは昭和版「ゴジラ」および「帰って来たウルトラマン(byDAICONFILM)」
壁紙は勿論ゴジラです。(ドキドキ版権大丈夫かにな?)
内容、展開、シオンの扱い等、こんなもの嫌やって方、苦情受け付けてます。