プロローグ

 




 時は流れるもの。
 人の心の悲しみや、悔恨などには関係なく。
 そのくせ、折り重なる波の中に、それら全てを飲み込んで。
 ゆっくりと、しかし確実に、流れ、重なり、忘却の彼方へと連れ去っていく。

 ワーランドと呼ばれる世界。
 世界の名を冠した大陸から、広大な海洋に隔てられた絶海の孤島。
 カダローラと呼び習わされる唯一の島国には、当時、数多くの小国が台頭していた。
 後に、この島国こそが、世界を支える地となるのだが、この時代、細い糸のような交易が途切れがちに続けられているだけで、この魔法に支えられた場所は、大陸にとって幻と伝説に包まれた、御伽噺の産物でしかなかった。
 当然、カダローラの人々にも、大陸こそが伝説の中にある広大な地であったのだが、どちらの世界も、その内面の対立に目を奪われており、互いに外の世界を見る余裕など無かった。
 ひとつの世界にあった、二つの文明が、共に疎遠であったのは、後退した技術や、隔てられた距離だけでなく、そんな内部事情も要因の一つだったのだろう。
 後に開かれたこの島で、子供達が教えられる歴史物語のひとつを、紐解いてみることにしよう。






 当時のカダローラ島の、確実な歴史書等の資料は残っておらず、暗黒の中世時代と呼び習わされている。小国が乱立し、現在よりも荒削りな人々が、発展途上の魔法知識を用いての魔法戦や、剣を持ち、合い争う。無知の暗黒の中で、動乱と戦乱に明け暮れ、平和など夢のまた夢、人々は、殺伐とした世界を乗り切り、己の野望を遂げる事のみに腐心し、華やかな騎士の英雄譚や、姫君との恋物語が織り成される。そんな、伝説と幻想の時代。
 しかし、我々が長く信じてきたそんな世界も、それほど荒んだ時代ではなかったと、とある書物が教えてくれる。
 既に著作者の名も編纂者の名も失われた一冊の書物。
 此処には、華やかな英雄や絶世の美妃は登場しない。より身近に、より当たり前の人々が、後の世にひっそりと伝えた、彼らの歴史である。
 
 製作年代の不明な書物は、とある骨董を扱う店から偶然に発見された。
 短編で綴られた物語群には、クラインという、既に失われた名を冠した国を舞台に、今と変わらぬ人々が、うねりゆく時代の中で自分らしく生きようとした姿が、書き表されている。
 その中に、近代創造魔法の始祖といわれる、キール・セリアンの名が、頻繁に出てくるところから、彼の存命時の時代と思われるが、何分、キール・セリアンの残した書物は純然たる魔道書のみで、彼の在籍する国も、ましてや日常等は書かれてはいない。
 故に、これは後の者が編纂した逸話譚であろうと推測されている。
  その書物の名前は
「幻想的な幸運‐FantasticFortune‐」
そして、その内容の信憑性は、現在認められてはいない。