おまけ


「ねえ、とーちゃん。めいふまどうってなに?」
 息子の問いかけに、魔導士は肩を竦めた。
「ああいうときにはそう言うお約束なんだとさ。かーちゃんが言ってたぜ」
「かーちゃん?」
「おう、かーちゃんの世界にある、時代劇っつーもんらしい」
 途端に少年が俯いた。
「ねぇとーちゃん…ぼくら、いつおうちにかえれるの?」
 痛いところを突かれて、魔導士が小さくうめく。
「う…いや、あのな……仕事があるからよ、セイルがこき使ってくれるからさ……」
 慌てる父に、更なる追い討ちが掛かった。
「おしごと、いまおわったんじゃないの?」
「あ〜あのなあ……もう一仕事残ってるんだよ……」
 父の誤魔化しに、息子はいじけた目を向けた。
「とーちゃんが、かーちゃんおこらせるからじゃんか、ぼく、かーちゃんや、ミカにあいたいよ……」
 魔導士は何とか息子をなだめようと言葉を探した。
「怒らせてね〜ぞ。つーか、あいつが勝手に怒ってるんじゃねえか」
 ぶつぶつと口の中で言い訳する父に、冷たい息子の目が突き刺さる。
「このあいだのはとーちゃんがわるいとおもう。かーちゃんをからかうから…」
「そりゃな、俺もやり過ぎたかなぁ?とは思ってるけどよ。かーちゃんがあんまり可愛いから、つい……な」
 しかし息子のジト目は戻らない
「ぼくさ、とーちゃんとたびをするのだいすきだよ。でもさ、みんなにもあいたいんだ。アークとつりにいくやくそくしてるし…」
 共に育ったアークリオス王子は、アスターの親友であった。街の子供達とすぐに馴染めても、やはり親友は特別らしい。
「とーちゃん、ちゃんとかーちゃんにあやまってよ…」
 言い募る息子に、ついに魔導士は折れたようである。
「判った判った、王都に戻ったら、謝るって」
「うん、やくそくだよ」
「ああ」
 筆頭魔導士が、異世界から召還された少女であった妻、芽衣・カイナスを溺愛しているのは周知の事。
 実に元気良く、見た目は可憐な奥方なのだが、かつては台風娘と異名をとったほどの女傑である。しかも、溺愛が昂じて束縛し、挙句にからかいや悪戯の度が過ぎる。
 その度に、爆発した奥方の怒りによって、出て行けだの、離婚だなどの大騒動が持ち上がる。
  懲りない魔導士は、叩きだされたほとぼりを冷ますついでに、王都以外の出張を買って出るのだ。
 歳の割には物のわかった息子アスターは、双子の妹ミカエル・デイジーと結託し、お目付け宜しく父親に付いてくる
 アスターが処世術に富んでいるのも、生活の知恵と言えるだろう。
 これで何度目の家出である事か…
 母の恋しい息子が、父を叱責するのも無理からぬ事。
 五歳の子供に言い込められて、既に立場の無い筆頭魔導士殿であった。
 どうやらこの親子、冥府魔道には、生きていないようである。

終劇


戻る?続きもあるよ

オマケのオマケ
(カイナスさん家の家庭の事情2)


 さて、同時刻。
 こちらは王都にある、こじんまりとした家の中。
 これが筆頭魔導士の家だと言われても、皆首を傾げるほどのささやかな家である。
 ただし、庭だけは広く、色取り取りの花が咲いている。
 その花を眺めながら、カイナス夫人は溜め息をついた。
「あの宿六。どこほっつき歩いてんのかしらね……」
 なんとなく寝付けずに、こんな時は寝酒♪と、夫の秘蔵酒を持ち出したのだが、グラスの酒はいっかな減らずにいる。
 小さな物音が背後でして、芽衣は振り返った。
「ミカ?」
 ピンクの寝巻きに叔父からのプレゼントの「たれパンダ」なるぬいぐるみを抱えて、小さな娘が立っていた。
「どうしたの?目が醒めちゃった?」
 そっと歩み寄る母を、そのまま幼くしたような娘は、可愛い唇をつんと尖らせた。
「アスターがはしってるゆめみたの……」
 共に凄まじいほどの魔力を内包している双子は、二卵性であるにもかかわらず、時たま意識がシンクロする。
 ミカエル・ディジーは、兄の受難を敏感に察知したらしい。
 遠くの街での出来事を、まだ知らない芽衣だったが、娘の様子に、息子の異変を感じ取った。
「シオンの奴、アスターを危ない目にあわせているんじゃないでしょうね……」
 眉を寄せる母に、娘は抱っこのポーズで両手を上げた。
 娘を抱き上げ、座っていた椅子に戻ると、小さな茶色い頭をそっと撫ぜる。
「大丈夫よ、ミカ。アスターには、とーちゃんがついてるから」
 安心させる為ににっこりと笑う母へ、娘のジト目が遣される。
「とーちゃんとアスター、いつかえってくるの?」
 途端に芽衣の視線が泳ぐ。
「知らないわよ。仕事終わったら帰ってくるでしょ」
 不機嫌な声に、母のミニチュアの娘は、負けじと難しい顔をしてみせる。
「かーちゃんが、とーちゃんおいだしたから、とーちゃんかえってこないんだね……」
 誰がそんな突込みを教えたんだと、内心愚痴りながら、芽衣は娘に判りやすい言葉を捜す。
「あのね、あれはとーちゃんが悪いの。かーちゃんのスカートめくるから怒ったの」
 こんな小さな子供に、何を言い訳しているのやら。
「だったら、とーちゃんがあやまったら、かーちゃんゆるしてあげる?」
 娘は母に言い募る。
「あたし、アスターにもとーちゃんにもあいたいよ。アークだって、アスターとつりにいくやくそくしてるっていってたよ」
 なにやら一生懸命な娘に、自分も夫の不在でいい加減寂しくなっているのを自覚して、芽衣は小さく溜め息をついた。
「うん。とーちゃんが、俺が悪かったって言ったら、許してあげるよ」
「やくそくだね?」
「うん」
 母の答えを得て、娘はにっこりと笑った。
 そのままぽてんと母の胸に体を預ける。
「とーちゃんとアスター。はやくかえってくるといいね」
「そうだね…」
 人の悪い笑みを浮かべて、すぐに自分をからかう夫を思い出し。その腕の感触を、殊更懐かしく感じているのに苦笑する。
「帰ってきたら、美味しいご飯、作ったげるわ」
――だからとっとと帰ってきなさいよ、唐変木――
 心の中で悪態を吐きつつ、ふと、子は鎹と言う故事が頭を掠める。
 出来た子供を二人も持って、カイナス家の平和は、もうすぐ戻りそうである。

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言い訳
シオンと芽衣の未来のお話。
それにしても、親が反面教師になって、双子は実にしっかりしています(^◇^;)
居るのか?こんな子供。