花日和
(マイルズ先生の休日)
騎士団独身寮の裏手に、ささやかな花壇があるのを、知っている者はかなり少ない。
宿舎とそれを取り囲む林との間に、ほんとうにひっそりと設けられている。
某魔導士を真似ているようで不本意ではあるが、この花壇の管理、整美も私がやっている。元々、先任の独身寮の寮母が造り、私が引き継いだのだが、仕事の合い間に手を入れるうちに、それなりに愛着も湧いてきた。今では密やかな自慢の場である。
今日は医師としては休日だ。寮母の仕事はあるにしても、見習いや下働きの者が使えるからかなり楽が出来るので、自分の時間は意外と取れる。
寮内の清掃の点検が終われば、後は夕刻に賄いへ指示を出すのみ。さて、暫くは手が空くだろう。
こんな時、私は決まって、件の花壇へ向う。
季節の花が揺れる花壇は、それなりに満足する光景だ。見る者が私だけかと思うと少しだけ哀れではある。
だから、満開の時を見計らって、妹や友人に剪定して渡してやるのが習慣にもなっている。
しかし問題は、その花の受け渡しなのだ・・・
男以上に背の高い私が、大振りの花束を持って町を歩くのは、かなり目立つ。
はっきり言って好む所では無いのだが、妹などは好んで街中で貰いたがるのだからかなわない。許婚に誤解でもされたらどうするつもりなのか?一度は訊ねた。
すると曰く、
『笑い飛ばせる度量の無い男の下へ、嫁ぐ気はありませんわ』
まったく、騎士団でも若手の先鋒が気の毒だ。彼女にかかってはかの精鋭騎士も形無しらしい。
先日、廊下で顔を合わせた時は、さすがに渋い顔をされてしまった。私の迷惑も考えろと、言い返してやるべきだっただろうか?
まあいい、それでも、丹精込めた花が喜ばれているのは、それなりに嬉しくはある。
こんな時はあの悪友も、己の花には同じような気持ちだろうと思ったりする。あの男と、花の話などしたことは無いが・・・
初夏の日差しは穏やかだ。
今の季節、この花壇の半分以上を占めているのは、小ぶりの花が一面に咲き誇るカスミソウ。
そして、この花だけは、常にただ一人に贈られる。
剪定の必要など無いほど、見事に咲いているな。
さて、準備をするとしよう。
常ならば、適当に束ねた花束を、これまた適当な紙で包んで渡すだけなのだが、この花束だけは特別だ。
花の形を整え、丁寧に束ね、専用に用意している透かし柄の紙で包む。薄紅色のリボンをつければ、出来上がりだろう。
「邪魔をする・・・」
背後から、静かな声が寄越される。この花壇を知る、少数の一人がやって来たようだ。
「もうすぐ出来ます」
何を?とは聞き返す筈が無い。これは彼の人の為に毎年している事だ。
「手間をかける」
これも何時もの返答。苦笑が浮かぶ。
「今年は、リボンの色を変えようかと思うのですが、どうですか?」
振り返って訊ねれば、長身の騎士が、所在なげに佇んでいた。
「いや・・・そういう事は、自分には判らん」
毎年の光景だが、これは何時も可笑しい。常ならば、『不動』そのものの落ち着きと気迫を発する小隊長殿が、まるでお使いを頼まれた少年のように見える。
こんな姿を見られるのは、私がこの花束を提供しているからに他ならない。
つい小さく笑うと、バツが悪そうに花壇へと視線を逃す。これも何時もの反応だ。
「毎年思うのだが・・・申し訳ないな」
「何がです?」
「せっかくの花壇を、台無しにしている」
また、珍しい事を気にするものだ。確かに、カスミソウはあらかた切り取られ、後は来年の為の種を取るだけになっている。その様が哀れだと思ってくれたらしい。そんな必要など無いというのに。
「気にしないで下さい。この花は、こうする為にあるんですよ。もともと、あのお方から、株分けしてもらったものです。綺麗に咲いているのを、ご本人に見て貰っているだけですよ」
そう、そもそも先任者がこの花壇を造り、私に引き継がせたのは、この花を咲かせ続ける為である。
今は亡き、王妃マリーレイン様から恩賜された花の株を守る為に・・・
そして私は、その花が彼女の身罷った日に、墓前に添えられるようにと、この騎士に頼み込んだのだ。
「もともと、あなたの墓参に、この花を持っていってくれと、頼んだのは私ですよ。今更気にする事は無い。貴方は気疲れする花屋に行かなくて済む。一石二鳥じゃないですか」
私より背の高い、厳しい騎士が、墓参りに花の一つも持っていかない理由を聞いて、今と同じことを言って持ちかけたのだ。これでもう何年になるか・・・
「そうだな・・・」
そのまま花壇を見る騎士は置いておいて、私は自分の作業に戻る。
この花束が、どうか、皇太子に見つからぬようにと、少しだけ願う。かの高貴なるお方は、母君のスキャンダルを、酷く嫌っておいでらしいから。
花に罪は無いのに、受け取らぬといわれるのは、育てた私にも不本意だ。なにより・・・まあいい。騎士の心情を私が気遣うなど、おこがましいだろう。
さあ、仕上げのリボンを選ぶとしよう。
今年のリボンは、毎年の薄紅色。華やかな金色。そして、鮮やかな青に、濃い茶色のラインが入った落ち着いたもの。
青にしよう。
これで、彼の王妃様も、ご安心なさるだろう。
或いは、私の嫌味と受け取られるだろうか?
どうとでも。
意地は張りすぎると習慣になり、日常になり、そして仕舞いこまれる・・・
私の心の奥。納戸に仕舞いこんだ古い執着は、もう彼には迷惑なだけだろうから。
新たな道を見出し始めている彼には・・・
・・・・・・やはり、変えるのは止そう。
薄紅色のリボンの方が、王妃には似合う。
「出来ましたよ」
花束を差し出すと、この時だけ、私に見せるやわらかな笑みが浮かぶ。
「すまんな」
落ち着かなくなるのを、無理矢理押えて、肩を竦める。
「どういたしまして。姫様に、よろしくお伝えください」
軽く頷いて、踵を返す姿を目で追った。
これで、今年も特別な日が終わる。
何時もの習慣で、そっと大手門まで背中を見送りに出ると、騎士の後ろを、尾行よろしくついて行く小柄な影を見かけた。
リボンはやはり青にするべきだったのかもしれない。
胸の奥で微かに感じる痛みを無視しながら、私は苦笑した。
彼の未来に、幸在らん事を。
私は見守れれば、それで良い。
さあ、花壇の後始末をしてしまおう。
そして次は、向日葵でも、植えてみようか。
今年はきっと、綺麗に咲くだろう。
了
レオニスのお墓まいりの花束、何処から調達したのか?というお話。
『酒場にて』へ続くお話になります。
マイルズ先生の特別な日
ほんっとに、見た目とは裏腹に、古風な女性です。