問題集



 ねえキール。
 これ上げる♪

 差し出したのは問題集
 鞄の中で、あたしと一緒にこの世界にやってきた。
 惜しい気もするが、キールに上げよう。
 何しろいつもお世話になってるし、日本じゃそろそろお中元の季節だもんね。
 あたしってば大盤振る舞い♪
 調べ物中断させられて不機嫌なキール。
 いいじゃんいいじゃん、そんな事。
「なんだ?」
 この本? あんた気に入ると思うよ?
 表紙見て見て♪ 判るでしょ?
「だから、何の本だ」
 へ?
 あ…そっか。
 これね、あたしの世界の数学の問題集なんだけど…
 読めないか…
「そうか。記号からはそうかと思っていたがな」
 へえ〜そうなんだ。
「数字は違うぞ、だからさっぱりわからん」
 なぁんだ。

 じゃあもらっても意味無いか…
 我、我が道を行く。ってなポーズのキールだけど、こいつがかなりの知りたがり屋だって、判ってきた。
 だって、あたしに聞いてくる地球の事の質問って、微に入り細に入りってんですっごく細かい。自然科学と文明についてが多いけど。
 はじめは空気で騒いでたくせにね〜
 だから、この問題集って、キールは好きかなあ、なんて思ったわけよ。
 ついでに、そっちに気が行って、課題が少なくなったり提出日延びたりしないかな〜なんてね。

「それで? 読めない本で俺にどうしろって?」
 ぐ…
 あんたって、根っから理数系って感じじゃん。こういうの好きかなぁって思ったの。
「そうか」
 あ、そっけない返事。
 まあ、読めない本貰ったって、嬉しくないよね、困るよね。
 でもさ、だけどさ、もうちょっと他に言い方無い訳?
 え〜ええ、悪ぅございました。
 じゃっ、失礼しました。
「待てよ」
 何?
 何困った顔してみてるのよ。
 言いたい事があるなら、いつもみたいに好き放題言えばいいでしょ。
「いや…くれるんだろう?」
 え?
 困った顔のまま、指差してるのは数学ドリル。
 …要るの?
 へぇ、そっか。
 はい、どうぞ。
 よくわかんないけど渡してみよう。
「…ああ」
 ぺらぺらとページ捲ってるけど、読めないんでしょ?
「ああ」
 あ、記号は似てるから、問題は判るとか?
「この程度の類似で判れば、天才どころか神業だな」
 なによそれ〜
 じゃあ、意味無いじゃん。
 もしかして嫌味言う為?そこまで根性曲がってたの?
「お前、この世界の文字、まだ解らないだろう?」
 う…
 知ってるでしょ、あんたが一番。
 そりゃ絵本とかの文章なら、何とか読めるようになったけど。
「そうだな、まあ、市民層には、完全な文盲も居るが、クラインは国民の教育水準の引き上げに力を入れている。学識が高い人間が多い方が、国の力になるからな」
 うん、確かに一から教えないと駄目ってのより、ちょっとの説明で判る人が多ければ、それだけ高度な事が出来るってのは、あたしの故郷の日本が証明してるわ。
「ああ、らしいな、お前の場合は文盲って訳じゃない、文字が違うだけだ。言葉は変わらないし、読みやたぶん意味も同じらしいな」
 あ〜
 そ〜なんだよね。

 クラインに召還された時は、ファンタジーのお約束で、言葉が通じているのかと思ってたけど、しばらくしたら、みんなほんとにおんなじ言葉なんだって解ったわ。
 ちょっとびっくり、ちょっとがっかり、んで、結構ほっとした。
 だってさ、ある日いきなり、あの訳解んない文字みたいに、みんなの喋る事が意味不明になって、魔法の効力が切れました、な〜んてことにならないってのは良かったけど、こんなヨーロッパ然とした世界なのに、みんな日本語なんて、吹き替え映画みたいで、だっさー、とか思ったりして。
 あはははは…

 ……ねえ、キール。
 何が言いたい訳?
 それとこの読めない本と、何か関係あるの?
 …何してるの? 適当に広げたページに丸尽けてさ。
 ひょっとしてそれをあたしに解け、とか言うの?
 そりゃ数Tの問題集だけど、そんなところまで習ってないよ〜
「まさか」
 あ、鼻で笑う。
 むか〜
「これは俺にくれるんだろう? 俺が解く」
 え? そう?
 じゃあ、その丸は何?
「お前に翻訳してもらう印だ」
 なぬ?
「お前はこれをくれるという、だが俺には読めん。そしてお前は文字の勉強中だ。つまり、お前がこれを翻訳して俺にくれれば、お前のそもそもの目的にも沿うし、今後の課題にも役に立つ。いきなり読めない文字を読むよりも、知っている文字を訳していく方が解りやすいだろう?」

 ……あたしのお口は金魚さん。
 パタンとドリルを閉じて、にやりと笑うキールに、何にも言い返せないっ!
「丸のところを明日まで、出来るよな?」
 う〜
 う〜う〜う〜〜〜〜
 墓穴を掘ったって、こういう事?
「これで、俺もお前も、お互いの文字が判るようになる、という訳だな。期待している」
 嫌味な嫌味なキールの笑顔。悔しさが湧き上がる。
 くそ〜くそ〜くそ〜〜!!
 数学の問題集で、国語までカバーするなんて。
 
 キールのばかーーー!!!


 小さな親切、でっかい迷惑。
 余計な課題を抱えて、芽衣は部屋へと帰っていく。
 それは春も半ばの頃。
 いつもの会話
 いつものやり取り
 かくして日々は、過ぎていく。

END

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