死ぬ話




 陽だまりの中に二人で寝っ転がって、お日様と仲良し。
 こんな気持ちの良い日は、どんな話も笑ってできる。

「ねえシオン。あたしが死んだら、あんたどうする?」
「はあ?」
 暢気な口調の過激な内容に、間抜けな声が返ってくる。
「なんだよ、やぶから棒に」
 長い体をゆったり伸ばしたまま、首だけあたしに向けてくる。
 あたしも顔だけシオンに伸ばして、にんまり笑う。
「やっぱさ、人間何時か死ぬ訳じゃん。夫婦だろうが恋人だろうが、せーので一緒に死ねるわけじゃ無し。どっちか先にお迎えがくるってのが自然の摂理じゃない?」
 シオンが悪戯っぽく笑う。
「せ〜ので死んだら心中だわな。俺はそれでも良いけど?」
「そんなの嫌よ。あたしゃ長生きして、孫や曾孫の顔見なきゃ、死んでも死にきれないわ。ついでに言えば、未亡人になる気も無いからね。おんなじだけ付き合ってもらうわよ」
 シオンのくすくす笑いが続いてる。
「二人で仲良く、皺くちゃの爺婆になって、そっからの話しかよ」
「当たり前じゃないの。何だって、若い身空であの世に逝かなくちゃなんないのよ。乙女の時間は何より大切なのよ」
 つんと横向くと、あたしの頭をくしゃっとかき回す。
 何時もの子供扱い。
 腹立つから転がって、どすんとお腹に頭を乗せてやる。
 ぐえとか言う呻き声が聞こえた、ざまぁみろ。
 でも、やっぱり枕にしている体から、くすくす笑いが伝わってくる。
「もう、笑わないでよ」
 頭をお腹にぐりぐり押し付けてやる。
「痛てぇよ、やめろって」
 ふーんだ。
 知らん振りしてやると、ちょっと笑って、長い指があたしの頬を撫ぜていく。
「判ったよ。じゃあお前さんを看取ってやるからよ、死んだらどうして欲しいんだ?」
 あたしが死んだら?
 ふむ。
 そりゃあ定番ってのがあるわよね。
「そうね、当然再婚なんかしないで、あたしの墓標を守ってよね。そんで、あたしの遺体は火葬にして、灰を、エーゲ海に撒いて欲しいわ♪」
 しばしの沈黙……何よその間は。
「あのな、曾孫がいるくらいまでジジィになって、どうやって再婚するんだよ」
「あんたならやりかねないでしょ」
「……嫁の来てがね〜って。それで、そのエーゲ海っつ〜のは何処にあるんだ?」
「あたしの世界で、乙女の憧れる綺麗な海♪」
 頭の上で、盛大なため息が聞こえてくる。
「ババァが乙女の憧れも何もね〜だろうが。第一、行けるかよ」
 まあ、そりゃそうだ。
「い〜じゃん。憧れだし、希望なんだし」
 呆れたように、もう一度ため息。
「へいへい……」
 悪かったわねぇ、実現不可能で。
「じゃあ、シオンはどうよ。あたしを未亡人にしてのけて、何してもらいたい?」
 また笑ってる。この笑い袋。
「そ〜だなぁ。ババァなら浮気の心配ね〜だろうから、後は当り前に葬式出して、当り前に墓立てて、墓碑銘に変な事書かないでくれりゃあ、それでいいぜ」
 それこそ何だそりゃだわ。
「欲の無いのは判ったけどさ、その『変な墓碑銘』って何よ」
「ん〜?後世の人間に、俺のことを激しく誤解させるような事さ」
 は〜ん。判ったわ。
「『極道鬼畜男』とか、『根性悪の魔法使いここに眠る』とか?事実を正確に伝える言葉じゃない?」
「あのな・・・・」
 本気でそんなの心配してるのかな?
「そ〜だな、墓碑銘なら、一言頼もうかね」
「どんなの?」
「俺を踏むな」
 ・・・・・・・・
「へ?」
「ほれ、墓場に入ったことあるだろう?墓は、棺おけ埋めて、頭のところに墓石がくるようになってるだろうが」
 そうだね、クラインのお墓は、西洋のお墓と同じで土葬だっけ……って事は……うわ、ほんとに死体踏んづけてるよ。
「悪趣味……」
 わざわざ再認識させるな。
「そんなこと言われたら、墓参りできないじゃんか」
「だって俺、他人に足蹴にされたくね〜ぜ。まあ、お前さんになら、いくらでも踏んでもらいて〜けどよ」
…………
「変態……」
 心底呆れた声が出る。死体を踏まれて嬉しいんかい?
 『酷ぇ』なんて言いながら、あたしの頭を撫ぜてくる。髪に指を絡めるのは何時もの癖。
「だってよ、墓石の前に立つって〜と、当然俺の頭の上に、スカートの中身が……ぐえっ」
「こんの変態!!ばぁさんになってるあたしのスカートの中見たいの!?あ〜もう、聞いたあたしがバカでした。」
 やってらんなくなって、シオンのお腹に頭突き一発入れて起き上がる。
 こんな男と、ど〜して死ぬまで一緒に居ようなんて思ったのかしら。考え直すなら今の内かも。


 それでもさ……うんと先の未来的展望なんてのをさ、話してみたかったりしたのよ……
 やっぱり、ずっと一緒に居たいし、『死が二人を別つまで』なんて誓うなら、その絶対に別れちゃう時の事、少しだけでも覚悟したいじゃない。
 そりゃあ、二人とも元気だし若いし、こんなぽかぽかお日様の下だったら、まじめに考えるのなんて無理なの判るけどさ。あたしも冗談にしちゃったし……
 ちょっと、怒りすぎたかな?
 でもいまさら、後ろでお腹押さえて業とらしく痛がってるシオンに謝るのもね……
 タイミング……掴めないなぁ……
 落ちこみかけたら、ふわっと背中があったかくなった。
 シオンの腕があたしを包み込む。
「メイ……」
 優しい声に、なんだかほっとする。
「ごめん……」
 やっと謝れた。
「俺も悪かった」
 そう言って、シオンのキスが髪に降りてくる。
「じゃあ、マジなとこで。俺はお前さんを、ちゃんと看取ってやるよ。そして火葬にもしてやる。エーゲ海とか言うところにゃいけね〜が、その代わりクラインで一番綺麗な湖に灰を撒いてやる。けどよ、撒くのは俺じゃなくても良いだろう?」
 妙な言葉に思わず振り向くと、滅多に見れないくらい、優しく笑うシオンがいる。
 やだ、心臓はねちゃう。
「誰が撒くの?」
「子供でも孫でも曾孫でも、子孫でも良いや」
 なんだか凄く目が優しい。
「あんたはどうするの?」
 優しい瞳のまま、悪戯っぽいウインクを寄越す。
「死んですぐに撒かなくても良いだろう?俺にお迎えが来たら、焼いてもらって、お前さんの灰と混ぜろって遺言するのさ」
 はう……それって……やだ、顔赤くなってきた。
「な、それを撒けば……死んだって一緒だぜ」
 う〜〜この女誑し〜〜
 何嬉しそうに笑ってんのよ。
 なんか悔しいぞ。
 一矢報いねば気が済まん〜〜って・・ようし。
「なら、あたしがあんた見送ってやったら、やっぱり灰にして、あたしが逝くまで待たせてあげるわ。で、湖だけじゃなく、クライン中に撒いてもらうの。そうしたら、あたし達がクラインの大地そのものになるわ」
「ほ〜う?でかくでたな」
「勿論。で、やっぱお墓も建てて貰うわ。湖脇の野原にでっかいのを。そして墓碑銘は」
 奴がにやりと深く笑う。しまった、読まれたか。

「 俺  達を踏むな」
「あたし達を踏むな」

 う〜ハモった……でもいっか♪
 二人で顔を見合わせて、同時に噴出して、またコロンと転がって笑い続ける。
 だってお日様ぽかぽかだもん。
 空は青いし、風も気持ちいい。
 ついでにシオンのお腹は、良い枕♪
 こんな日は、なんだって笑い話になっちゃうよ。


 ず〜〜っとず〜〜っと先の話でも、笑い転げてもうお終い。
 だからさ、ず〜〜っと一緒だよ。
 シオン。


END