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東京都 ○市童守町
             西本恵子様
 ヤッホー元気してる?
 そっちは今どんな季節?
 クラインは春の始め。
 家の庭も冬の花が終って、ぼちぼち春らしい綺麗なが咲めるわ。
 え?ガーデニングに凝ってるのかって?
 まっさかー、あたしがそんなにマメなわけないじゃない。
 花瓶に花けててドライフラワーにした実績んたも覚えているでしょう?
 庭弄(にわいじ)りが好きなのは、うちの亭主。
 うん、結婚したんだ。
 シオン・カイナスって奴と。
 え?どんな奴か?
 見た目は美形よ。うん。超がついちゃうくらい。
 背は高いし、顔はピカ一。女より綺麗ってのかちょっと(しゃく)だけど、まぁ、見ている分には最高よ。
 お貴族様の三男坊。クラインでカイナス家っつーたら結構なお家柄ってなものらしいわ、良くわかんないけどね。
 でもさ、性格激悪。
 あたしの事、何時までも子供扱いしてからかうし、(まあ、10も違うんだけどね)人の事、台風娘なんて言ってくれちゃうし。(自分だって台風の目なんて言われているくせにさ)
 挙句の果てに「嬢ちゃん見てると、飽きないねー」ときたもんだ。馬鹿にしてると思わない?
 おまけに顔が良い上に、ノリも良いから女が寄って来るし、そいつを片っ端から入れ食いするような女ッ誑し。女あしらいも上手いんだよ、ホント腹の立つ。  あたしと結婚して、他の女とは手を切った、なんて言ってるけど、影で何やってるかわかりゃしいわよ。
 勿論、あたしの前で女の話なんか出したら、きっちり地獄を見せてやるわ。
 え?どうしてそんな奴と結婚したのか、て?
 弾みよ、は・ず・み。


 …………
 だってさ、あたし、見ちゃったんだもん。
 あいつの本音の顔…
 あいつはね、むちゃくちゃ重い荷物を、この国の王子様と一緒に持ってる。ううん、殿下が辛くならないように、自分のほうに重さが来るようにしている。そして、絶対それを口にしない。
 人が働いていない時に働いて、普段は遊んでいるように見せかけている。
 そんな…変な奴。
 そいでさ、そんなあいつが、苦しい時苦しいって言えない天邪鬼が。疲れ果てて、しゃがみ込んで、ぽろっと弱音を漏らした…そんな場面にでっくわしたの。
 事の発端はミリエールって女の子。なんとかっていう大貴族の傍流。
 その子は父親の仇だと思って、シオンの事を狙ってた。表面上は業とまとわりついて、誤魔化してたけどね。
 まあ、その子の敵討ちなんて、あいつには御飯事(ままごと)程度だったみたいなんだけど、その子の後ろに居る殿下の政敵を炙り出すための、チェスの駒にしたのね。んで、ついでにあたしを、自分の持ち駒にしてくれちゃったのよ。あの時は女房でも、恋人でもなかった、ただの友達、顔見知りのあたしをよ。立派な人非人(ひんぴにん)よね。
 おかげでミリエールから嫌味は言われるし、騙されるし、挙句は命まで狙われたのよ。
 腹は立ったけど、一発殴って許してやったわ、男らしいでしょあたし。
 だって…殴んなかったら…あいつ、何処に行ったかわかんない…
 ミリエールのお父さんが死んだのは、シオンの所為じゃない。でも、あいつの心の何処かで、自分の打算を許さない部分があって、それが、内側からあいつを傷つけてた…あたし、その時、こいつの傍に居たいって思ったんだ。
 しずかちゃん症候群ってのがあるじゃない?「この人にはあたしが付いていてあげなくちゃ、駄目なのよ」ってやつ。
 それとはちょっと違うの。
 あいつが傍に居ろって言った、あたしも傍に居たいって思った。傍に居て良いんだって…
 傷だらけになって殿下を守っているあいつを、あたしが守りたいって…
 助けたいとか、支えたいとか、そういうのじゃなくて、一緒に座り込んで、ぼんやり空でも見て、ああ、綺麗だねって言えるような。そんな時間が持てるようにりたいって思ったの。
 それがあいつには必要なんだって。
 だってあいつ、全然余裕無いのよ。
 そりゃあ、見た目は大人で頭も切れて、泰然自若(たいぜんじじゃく)、いつも余裕かましてますって顔してるけど、背負い込んでる物が多すぎるの。
 どんなでかい入れ物だって、許容量ってのがあるでしょう?あいつ、すりきり一杯引き受けてるのよ。


 宮廷魔導師の仕事って、ものすごく色々あるのよ。それこそちちんぷいぷいって感じに、怪我した人を医者に連れて行くまでの応急手当や、魔法を使って王宮の警護。天気予報の占いや、大事な書類や本に鍵を掛けたりって具合。
 そのうちの一つに、情報の掌握ってのがあるの。  殿下が国政を一手に預かってるのと同じ様に、あいつは国内国外の情報をまとめている。
 政治の動静、人の動き、ついでに考えていることや、何処の派閥に属するかとか、貴族同士の動きの監視。つまり、時代劇で言う隠密元締めみたいなことかな?  このごろあいつが庭弄りしてるのを見ると、あ、お庭番頭だって思うわ。
 そして、信じられないぐらいのスピードで対処する。横で見るようになって、あいつの凄さってシミジミわかったわ。
 しかも、そんな膨大な量の情報を殆ど一人で処理して、指示を出すの。
 一人の人間にできる仕事じゃないのよ。でもやってる。
 基本的に、他人を信用してないからなんだろうな…
 そして、処理する時に、やっぱり嫌なことも有るじゃない?関係ないはずの人を悲しませたり酷い目にあわせちゃったりって事がさ。
 そんな時あいつは、仕事だって割り切って、ばしばしやって…後で苦しむの。
 最善の方法を取った後でも、他に道は無かったか?ってね。
 そして、自分を切り刻む。
 難儀な男よね。
 勿論、口に出したりしないし、聞けば何てこと無いって言うわ…意地っ張り。
 殿下には、アイシュとか、他の文官達が付いてるけど、シオンは一人。
 だから、あたし、少しでも仕事の手伝いしようって、補佐官になったの。
 魔導師夫婦よ、かっこいいでしょ?

 
 あいつね、あたしと自分が同類だって言った。
 あたしもそう思う。基本的なところで、あいつとあたしは良く似てる。
 なにせ、性根が天邪鬼だもんね。
 天邪鬼が二人揃えば、どっちかが本音を言えるわ。だから、あたし、今の感じが気に入ってる。
 でもね、あいつ、一つ間違ってるの。
 あいつは自分の本質を闇だと言ったわ。すべてを飲み込む暗闇だって。
 あたしはそうは思わない。
 あいつの本当の真中には、光がある。
 あいつの本質は光なの。でなけりゃ何で、自分が闇の中に居るって判るの?
 闇が闇の中にいたってあたり前よ。気が付きもしないわ。腹黒い政治家達みたいにさ。居心地良く収まっちゃうでしょ?
 でもあいつは闇の中でもがいてる。闇に取り込まれまいって抵抗してる。
 まるで細い三日月みたいに…
 光だからこそ闇が見えるのよ。あいつ、それを判ってない。
 殿下を光にしておきたいから、自分が闇になる、なんて。もう、お約束な事してんじゃないわよって言いたいわ。
 だから、あたしはあいつの傍に居たいの。
 懐中電灯が二つあれば、きっと少しは明るくなるってもんよね。
 え?これ、全部惚気(のろけ)じゃないかって?
 あはは、判った?実はそうなんだ(テレテレ)
 あたしの心の中、時々整理したくなるじゃん。
 この世界でこの文字を読める人はいない。
 何にも気にしないで、心の中を全部話せるのは、そっちの世界にも届かない手紙だから…
 この手紙、宛先不明だもんね。
 これが全部あたしの本心。
 シオンと居られるだけで嬉しいあたしの心。
 でもね、口でなんか言ってやらない。
 ま、そういうこと。


 そうね、いきなりファンタジーな世界に引っ張り込まれて、始めはどうしようって思ったけど、今は感謝してる。
 シオンに会えた事も勿論だけど、何よりも、ここなら、あたしが一番自分らしく生きられる。  そっちで高校と短大を出て、ぼーっとOLやって、適当に可も無く不可も無い男捕まえて、ぼーっと主婦するより、ずっと生甲斐が有るわ。
 毎日がホントに面白いのよ。
 え?帰りたくないのかって?
 うーん、わかんない。
 父さんや母さん、それに弟。そしてあんた達には勿論会いたいわ。
 だけど、ここの人生放り投げて帰りたくない。
 ここはもう、あたしの居る場所なんだもの。
 だから、今は、界渡りの方法を探してるの。
 つまり、そっちとこっちを自由にイケイケにできる魔法よ。
 それが見つかったら、旦那連れて里帰りするね。
 見せ付けてやるわよ。
 一方通行だったら帰らない。
 片道切符なんて要らない。
 絶対諦めないわ。
 だから、それまで、元気で居てね。
 ほいじゃ、またね♪
かしこ
                                     
「ったく…何言ってやがる…」
 灯りの落ちた薄闇の執務室。月明かりに浮かび上がる、桜色の便箋に書かれた手紙を見ながら、シオン・カイナスは一人で赤くなっていた。
 便箋に綴られた異界の文字。そこに込められた妻の心が、この不適な男をうろたえさせている。
 手紙を書きながら眠ってしまったメイの髪に、軽くキスを落として、それでもほてってくる頬に居心地の悪さを感じる。
「お前さんね…秘密の手紙書くんなら、普通のインクで書きなよ。そうしたら読めね〜んだから」
 桜色の地に良く映える紫のインクは、筆頭魔導師が、部下の行動監視と秘密連絡用に密かに配布している、特殊インクである。
 どんな文字が書かれていても、このインクで書かれた文字は、本来の意味と書いた者の思考をシオンに教えてしまう。
 異界の友人に宛てた、出せるはずの無い手紙。
 だからこそ漏らされた、メイの心。
 どれほどそれが嬉しいか。
「一人じゃないんだな、俺は…」
 呟いて、茶水晶の瞳を隠す瞼に、そっとキスをする。
 さっきから、何度となく、触れるだけのキスを、メイのあちこちに落としている。
 止まらない。
 髪を()いてはそれに、掻き揚げては額に、頭を乗せている腕に、丸くなった肩に、柔らかな頬に…
 いい加減にしないとメイが起きる。そうしたら、手紙を読んだ事を隠し(おお)せる自信は、今は無い。
 それでも、軽い寝息をたてている小さな存在が、どれほど自分の支えになっているか、今更ながらに思い知らされて、愛しさが止まらない。
 女神に感謝するなんて、柄にも無い気持ちが湧き上がる。
 この存在を傍に置いてくれたこと。この存在を連れてきてくれたこと。
 何よりも、傍に居ることを選んだメイに感謝する。
「頼りねぇ亭主だよな、女房に苦労させて…だが…ありがとう…」
 眠り姫が目覚めないように。王子様ではない魔法使いは、そっとキスを繰り返した。

END



言い訳
甘くないんです…
照れているしオンが書きたかったので…
かなり意味不明ですみません。